【標本No.3】永遠の花
――枯れない花は、神秘か?
その琥珀色の液体は、神の慈悲か、あるいは悪魔の退屈から生まれたものに違いなかった。
私は「枯れない薬」を、小さな鉢植えの一輪に、一滴だけ垂らした。
翌朝、私は部屋に満ちる異質な香りで目を覚ました。
かつて可憐だったはずの花は、瑞々しさを通り越し、まるで筋肉のように逞しく、艶やかな緑の蔓を壁に走らせていた。
「永遠」という名の契約が、音もなく私の生活を侵食し始めたのだ。
服薬から一ヶ月。
ついに花は天井に突き刺さろうとしていた。
窓をも埋め尽くしそうな太い茎が、力強く屋根を押し上げている。
私はこのとき、ここが田舎の一軒家で良かった、と心の底から思った。
それから一週間が経った。
天井を突き破るかと思われた花は、屋根に沿って湾曲し、徐々に電灯に忍び寄っていた。
大きく垂れ下がった蔓を、私は金具で誘導することにした。
それから五日が経った。
成長のスピードはどんどん加速している。
その花弁は、私の体をも覆うような傘になりかけていた。
それから三日が経った。
仕事帰り、ドアを開けようとすると、ギシギシ、という音がした。
無理やり開けると、ブチブチブチ、と蔦が切れてドアが開いた。
驚いた。もうこんなにも侵食しているとは。
愛おしかったはずの花は、いまや私をびびらせる存在になりかけている。
恐る恐る中を見ると、部屋の隅々まで蔦が張り巡らされていた。
挙句の果てには、葉がカッターのように壁をえぐる始末。
昼間の日光で急激に成長したのだろうか?
ヒビの入りかけたこの家を、どうすればよいというのか。
蔓を切ったところで切った蔓からまた生えてくるだけ...そう考えると恐ろしくて、いまだ手を付けられていない。
仕方がないので、明日の昼に作業することにした。
廃棄先も決めなければいけない。
やはり海が最適だろうか?
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
翌日の朝。
私の目覚めはおおよそ良いものだった。
しかし、視界が見えない。
おかしい。これはなんだ?
ゆっくりとよけてみる。
――茎だった。
私は飛び起きた。
パジャマだったが構わない。
とにかく外に出たかった。
ドアへの道を幾つもの植物が拒む。
なんとかたどり着いたドアは、もう枠から外れ、歪んでいた。
開かない。
その恐怖を前にした時、私は瞬間的に近くに落ちていたマッチで蔓に火を点けた。
この蔓さえ燃えれば、外に出れる...。
しかし、私の考えは甘かった。
酸素いっぱいの部屋で炎は勢いを増し、あちこちに火花が散る。
蔦から蔦へと、赤は広がってゆく。
気づけば私は、燃え盛る蔦に囲まれていた。
あの日、私は自然の理に反した。
その報復は、これだとでもいうのか。
手足が被れ、服に火が点き、痛みが全身に巡ったと同時に、私は黒焦げた遺体となった。
だが、ここにはもう、あの恐ろしい植物は存在しない。
私は安堵とともに目を閉じた。
――消防隊が駆けつけ、彼の家は2日かけて鎮火された。
焦げ臭い匂いが抜けきらない一室の隅で、燃え残った緑の目が顔を出した。
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