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第8話:監査前夜の共犯者たち

 神界管理庁の廊下は、いつもより冷え冷えとしているように感じられた。

 俺――アラタは、自分のデスクに突っ伏し、真っ赤な警告が表示されたままのコンソールを見つめていた。

『明日、午前九時。神界監査委員会による緊急立ち入り検査を実施する』

 その通知は、死刑宣告に近い重みを持って俺の肩にのしかかっている。

 

「……終わりだ。地形は穴だらけ、魔王軍の四天王はシャボン玉。挙句の果てに、隠しボスの大蛇をペットに書き換えた。……こんなの、どう言い訳したって『不適切な運営』で一発アウトだぞ」

 俺の呟きに、隣の席で鼻提灯を膨らませて寝ていたゼウス課長が、ムニャムニャと口を動かした。

「んぅ……いいじゃないか、アラタ君……。『独創的な演出』って言えばさ……」

「独創的すぎて世界がバグりかけてるんですよ! 課長、あんたも連帯責任なんだから、少しは焦ってください!」

 俺は課長の机を叩き、再びモニターに視線を戻した。

 画面の中では、夕闇に包まれた王宮の庭園で、カイトが先ほど「ファン」に書き換えた大蛇――今は『タマ』と名付けられている――の背中で、無邪気に居眠りをしていた。

「……あいつはいいよな。全部自分の実力だと思って、スヤスヤ眠れて」

 だが、その傍らで、もう一人の人物は眠っていなかった。

 王女リアナ。

 彼女はカイトの寝顔を確認すると、そっとその場を離れ、誰もいない噴水の影へと移動した。

 そして、確信に満ちた瞳で空を見上げる。

「……プロデューサー様。聞こえておいでですね?」

 俺はヘッドセットを直し、キーボードを叩いた。

『……ああ、聞こえている。だが、今夜は手短にしろ。俺の方は、お前たちの世界で言うところの“天罰”が下るかどうかの瀬戸際なんだ』

「天罰……? 貴方様ほどのお方が、裁かれるというのですか?」

 リアナの顔に、明らかな動揺が走る。

 彼女にとって、俺はカイトを守る全能の存在だ。その存在が消えることは、カイトの「加護」が消えることを意味する。

「……そうだ。もし俺がクビになれば、この世界の担当は伊集院のような合理主義者に変わる。そうなれば、カイトは『効率の悪い不規則要素』として、物語の整合性のために消去される可能性が高い」

 俺が伝えた真実に、リアナは青ざめ、自身の胸元を強く握りしめた。

「そんなことは……断じて許しません。……何をすれば良いのですか? 私にできることなら、何なりと」

「……いいか、よく聞け。明日の九時、監査役がこの世界を『直接視察』に来る。彼らの目は、世界のあらゆる数値をスキャンする。……そこで、カイトが“本物”であることを証明しなきゃならない」

 俺は、これまでカイトの周囲にパッチワークのように貼り付けてきた「偽装コード」のリストを、リアナの視界に投影した。

「今までは、俺が管理ルームから全ての数値をいじっていた。だが、監査役の前でそれをやれば即座にハッキングがバレる。……だから、明日の視察中、俺は一切の手出しができない」

「……つまり、カイト様が自力で戦わねばならないと?」

「無理だ。あいつは筋力値も魔法抵抗も、ただの村人レベルだ。……だから、リアナ。お前が、俺の代わりに“現場で”数値を操作しろ」

 俺は、禁忌中の禁忌。

 プロデューサー用コンソールの『一部操作権限』を、現地の人間であるリアナに委譲するコマンドを入力し始めた。

「俺が裏でハックするからバレるんだ。だが、現地の人間であるお前が『奇跡』を起こす分には、世界のシステムとしては正当な事象として処理される。……お前がカイトにバフをかけ、敵の攻撃を逸らすんだ。魔法のフリをしてな」

 リアナの脳内に、複雑な魔法陣のような「管理ユーザー・インターフェース」が流れ込む。

「……これは……。万物の理が、文字となって見えます……。これが、貴方様の見ている世界……」

 彼女の瞳が、黄金色に輝きを増す。

 聖王女としての素質と、管理権限が融合し、彼女は今、この異世界で唯一の「管理者権限を持つ現地人」へと変貌した。

「……アラタさーん。権限委譲完了しましたが、これ、マジでバレたら死刑っすよ?」

 スタッフが震える声で告げる。

 わかっている。

 監査役を騙すために、現地のヒロインをハッカーに仕立て上げる。

 もはや、プロデューサーの域を超えた大博打だ。

「リアナ。明日のカイトの行動は、全てお前の指先にかかっている。……失敗すれば、俺も、お前も、カイトも……この世界ごと消されると思え」

『――承知いたしました。私の愛する人を守るためならば、神をも欺いてみせましょう』

 静かな決意。

 モニター越しに、彼女が優雅に一礼する姿が見えた。

 その背後で、カイトは何も知らず、ペットの大蛇の体温を感じながら、幸せそうに寝返りを打った。

「……さて、カイト。お前には、明日もいつも通り『僕また何かやっちゃいました?』と言ってもらわなきゃ困るんだ」

 俺は、監査対策の分厚いマニュアルをゴミ箱に捨て、リアナと共に戦うための「偽装シナリオ」を書き始めた。

 夜明けまで、残り五時間。

 俺の指は、まだ止まることを許されなかった。

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