第5話:王女様はプロデューサーを「見ている」
四天王ゼノを「指パッチン(と俺の必死な物理演算ハック)」で退けたカイト。
彼は意気揚々と王都へ戻り、今や救国の大英雄として迎えられていた。
王宮のバルコニー。
夕日に照らされたカイトが、詰めかけた群衆に向かって手を振っている。
「いやぁ、まさかあの熊の後にあんな変な人が来るなんて思わなかったよ。でも、なんだかみんな僕を見て震えてたし、僕、また何かやっちゃいました?」
モニター越しにその姿を見ながら、俺――アラタは、冷え切ったピザを口に放り込んだ。
「……やってくれたのは俺だよ、バカ野郎。おかげで四天王一人分の経験値データをどこへ逃がすか、処理に三時間かかったんだぞ」
倒した敵の経験値をそのままカイトに流せば、数値がインフレしすぎて世界がフリーズする。
俺はそれを「神界の予備サーバー」に隠し口座のように移す作業でヘトヘトだった。
すると画面の中で、カイトの隣に寄り添う第一王女、リアナが動いた。
彼女はカイトに微笑みかけながらも、その美しい瞳を、ふと「誰もいないはずの空間」――つまり、俺の視点(カメラ座標)へと向けたのだ。
「……え?」
俺はピザを噛む手を止めた。
気のせいか。いや、違う。
彼女の視線は、明らかにカイトではなく、その背後数メートルの空間に浮遊する「運営用不可視カメラ」を捉えている。
『……そこに、どなたか……いらっしゃるのですか?』
リアナが、カイトに聞こえないほどの小さな声で囁いた。
その声は、俺のヘッドセットに鮮明に響く。
「……っ!! 音声入力チェック! 指向性マイクのバグか!? なんでこっちに話しかけてるんだ!」
俺は狂ったようにコンソールを叩き、リアナのステータスを詳細解析した。
【名前:リアナ・エル・ローゼリア】
【職業:聖王女(覚醒前)】
【スキル:真実の眼(Level 1)】
「……『真実の眼』だと!? 嘘だろ、こんな初期段階でメタ能力が発現してるのかよ!」
『真実の眼』。
それは、世界を構成する「理」を視認する、運営泣かせのチートスキルだ。
このままでは、カイトの周囲で俺が必死に動かしているエフェクトや、空間に浮いた設定ウィンドウが見られてしまう。
「アラタさーん、やばいっす。王女様の精神汚染度が上昇中。カイトを見てるんじゃなくて、カイトを操っている『透明な糸』を追いかけてます!」
スタッフの悲鳴が上がる。
『カイト様。あなたは……何かに、護られているのですね。いえ……“演じさせられて”いるのですか?』
リアナの手が、カイトの背後で俺が操作していた「重力定数変更パネル」の残像に触れようとする。
「……させねえよ! 記憶操作班、今すぐ王女に『強い眠気』を上書きしろ! 強制スリープだ!」
「無理です! 彼女、聖属性耐性が高すぎて、こっちのパッチを弾き返してきます!」
「クソっ……有能すぎるヒロインも考えものだな!」
俺は咄嗟に、一つの賭けに出た。
運営用コンソールから、彼女の脳内へ直接「テキストデータ」を送信する。
『――騒ぐな。今の状況は、彼のためだ』
リアナが、ビクリと肩を震わせた。
彼女は再び、誰もいない虚空を見つめ、震える唇を開く。
『……やはり。神……様、なのですか? それとも……この世界の、“書き手”の方?』
「……書き手じゃねえよ。ただの派遣社員だよ」
俺は苦い溜息をつき、彼女にだけ見えるように、金色の光り輝く羽ペン(のようなエフェクト)を空間に出現させた。
「……いいか、王女様。お前の『推し』であるカイトを最強のままにしておきたいなら、余計な詮索はするな。……俺のことは、忘れるんだ」
俺は強引に彼女の視覚情報をジャックし、一時的にモニターの解像度を下げ、俺への視線を「まぶしい太陽光」として誤認させた。
「リアナ様? どうしたんですか、そんな空を見つめて」
カイトが不思議そうに彼女に触れる。
「……いえ、なんでもありません。カイト様。ただ……あなたは、思っていた以上に、愛されているのだなと思っただけです」
リアナは微笑んだが、その瞳の奥には「確信」が宿っていた。
彼女はもう、世界の裏側に「誰か」がいることを知ってしまったのだ。
「……あー、胃が痛い。……おい、課長に報告しろ。ヒロインの一人が『メタ認知』を始めやがった。……これ、シナリオの修正が必要だぞ」
俺は次のパッチ修正案を練り始めた。
カイトの無双を支えるだけでなく、今度は「運営の秘密を知ったヒロイン」をどう制御するかという、二重のブラック労働が始まった瞬間だった。
今回のプロデュース・ログ
ターゲット: 王女リアナ
主な事象: スキル『真実の眼』による運営の視認
アラタの対応: テキストデータによる直接交渉、視覚情報の偽装
懸念点: ヒロインが運営の「共犯者」になるか、あるいは「敵」になるかの分岐点。




