第4話:不可視の接待、あるいは絶望の書き換え
森の空気が、粘りつくような重圧に支配された。
カイトが呑気に鼻歌を歌っていた平穏な空間に、突如として「異物」が混入する。
上空の次元がガラスのようにひび割れ、そこから漏れ出した漆黒の魔力が、周囲の木々を瞬時に腐食させていった。
「……ほう。我が配下のキング・ベアを屠ったのは、貴様か。人族の若造め」
次元の裂け目からゆっくりと降り立ったのは、魔王軍四天王の一人、『狂乱のゼノ』。
その全身から放たれる殺気は、モニター越しのアラタでさえ肌が粟立つほどに鋭い。
管理ルームのアラタは、血走った目でコンソールを凝視していた。
「おい、嘘だろ……。四天王の乱入なんて、第1章の予定には入ってないぞ……!」
アラタの指が、警告ログの海を必死に掻き分ける。
「……クソっ、視聴率(信仰値)の急上昇に反応して、世界の『難易度調整AI』が勝手に暴走してやがる。カイトの偽装ステータスが強すぎて、システムが『それに釣り合う敵』を自動生成して強制投入しちまったんだ……!」
画面の中では、ゼノが禍々しい魔力を右手に集束させていた。
「……死ね。塵も残さぬわ!!」
放たれたのは、暗黒の魔力弾。
着弾すれば周囲の物理構造を分解し、無へと帰す絶技だ。
「させるかよ……ッ!!」
アラタの思考が加速する。
カイトを守りつつ、なおかつ「無自覚な無双」として成立させなければならない。
「物理演算サーバー、全リソースをカイトの周辺座標へ回せ! ゼノの放ったオブジェクトの定義ファイルを強引に書き換える(オーバーライド)!」
アラタの指が、キーボードを叩きつけるような音を立てる。
「攻撃力、ゼロ! 衝突判定、変更! テクスチャを……シャボン玉に置換!!」
漆黒の死の弾丸が、カイトの鼻先に触れる寸前。
パチン、と間の抜けた音を立てて、七色に輝く泡へと姿を変えた。
「……え?」
カイトが呆然と声を漏らす。
泡を指で突き、不思議そうに首を傾げた。
「わぁ、綺麗だね。……歓迎の演出、なのかな?」
「……な、何!? 私の『絶望の黒弾』が……泡だと……ッ!?」
ゼノの顔が驚愕に歪む。
だが、アラタの戦いはここからだ。
カイトが驚いて腰の剣を抜こうとするが、その動作はあまりにも遅い。
ゼノがその隙を見逃さず、超高速の踏み込みを見せる。
「今度は外さん! 貴様の首を貰い受ける!」
「物理エンジンの摩擦係数をゼロに設定! カイトの座標を軸に、ゼノの進行ベクトルを強制変換しろ!」
ゼノの剣が、カイトの喉笛を捉える――はずだった。
だが、ゼノの足元が凍りついたかのように滑り、不自然なほど急激に方向が変わる。
まるで氷の上で滑ったかのように、ゼノはカイトの真横を虚しく通り過ぎ、背後の大岩に猛烈な勢いで激突した。
ズドォォォォォン!!
「……ぐ、はっ……!? 何だ……今のは……!? 避けた、というのか……!?」
岩の瓦礫に埋もれながら、ゼノが喘ぐ。
カイトの方はといえば、まだ剣を抜ききってさえいない。
「あ、あれ……? 勝手に転んじゃった? 大丈夫ですか……?」
アラタは額の汗を拭う暇もなく、次なるパッチの準備を始めた。
「記憶操作班、ゼノの認識機能に介入しろ。今の衝突を『見えないほどの超高速のカウンターを受けた』と錯覚させる。それから――」
アラタは一瞬、迷った。
あまりにハックを続けすぎれば、世界の整合性が壊れる。
だが、ここでカイトが負ければすべてが終わるのだ。
「……カイトの背後の空間に、高輝度・高負荷のエフェクトを配置。……いいかカイト、そのままカッコつけて一言言え。……『君、僕に何か勝てると思ってたの?』ってな」
アラタが強制的にカイトの脳内に『天の啓示』としてセリフを流し込む。
カイトは、無意識のうちにその言葉を口にした。
「……君。僕に何か、勝てると思ってたの?」
その背後で、アラタが仕掛けた黄金の魔力が、太陽のごとく爆発的な輝きを放つ。
アラタによって「恐怖値」を最大まで引き上げられたゼノの目には、それが世界を滅ぼす神の威光に見えていた。
「……ば、化け物め……ッ。これが……全知全能の……真の姿か……ッ!」
ゼノは震える手で地面を這い、屈辱と恐怖にまみれながら、命からがら空へと逃げ帰っていった。
静寂が戻った森の中で、カイトがぽつりと呟く。
「……えへへ。……僕、また何かやっちゃいました?」
「……ああああ、もうそのセリフお腹いっぱいなんだよ……っ!!」
管理ルームで、アラタはキーボードに突っ伏した。
コンソールの端には、一通の通知が届いている。
それは、有給の承認ではなく。
[NEW MESSAGE: 本日の「接待」により、消費電力が予算を超過しました。次回の報酬から天引きします]
「……死なせてくれ……。この世界を救う前に、俺が消滅する……」
アラタの絶望をよそに、モニターの中のカイトは、夕日に向かって颯爽と歩き始めていた。
今回のプロデュース・ログ
ターゲット: 魔王軍四天王・ゼノ
主な演出: 魔法のオブジェクト変換(シャボン玉)、座標ベクトルの強制変更(スリップ演出)、恐怖値の最大化パッチ
損害報告: 演算サーバーのオーバーヒート、アラタの給料天引き確定
今後の課題: カイトの偽装ステータスに世界(AI)が反応し始めている。




