EP 9
最強の法律家、リベラ登場 ~騒音はお断りです~
『毒サソリ団』の壊滅から数日。
俺の領地は平和を取り戻した――はずだった。
「ガハハハ! 見ろ主よ! 回収した魔導バイクのエンジンを改造して、全自動肩たたき機を作ったぞ! 出力は最大馬力じゃ!」
「あら、また裏庭に変な虫がいたわ。燃やしちゃっていいわよね?(火球を構える)」
「我のラーメンまだか? 麺の硬さは『バリカタ』だと言っただろう!」
リビングがうるさい。
Dr.ギアの実験音、ルナの魔法の炸裂音、そしてデュークのわがままな注文。
これらが混然一体となり、俺の鼓膜と精神を削り取っていく。
現在のHP【0.8/1.1】。
敵は撃退したのに、身内の騒音で死にかけている。
「た、頼むみんな……もう少し静かに……『忍び足』で生活してくれ……」
俺がソファで虫の息になっていると、ニャングルが血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変でっせオーナー様! 『来客』だす!」
「また敵か? もう勝手にしてくれ……」
「ちゃいます! 敵より怖い……いや、もっと高貴な御方が来なすったんや!」
ニャングルの尻尾が、恐怖と緊張でピンと立っている。
モニターを見ると、領地の結界の外に、黒塗りの高級馬車が止まっていた。
車体には、金色の天秤と硬貨をあしらった『ゴルド商会』の紋章。
馬車の扉が開き、一人の女性が降り立った。
金髪の巻き髪に、知的な碧眼。高級なドレスの上に、裁判官のような黒い法服を羽織っている。
その手には、タロー国製の分厚い書物――『六法全書(異世界改訂版)』が抱えられていた。
「あれは……ゴルド商会会長の愛娘、リベラお嬢様でっせ!」
◇
リベラ・ゴルド(20歳)。
転生前は日本の敏腕弁護士。現在は大陸最強の商会の令嬢にして、法曹界の革命児。
彼女は優雅な足取りでシェルターに入室すると、開口一番、可憐な溜息をついた。
「まあ……。なんて騒々しいのでしょう」
その一言で、リビングの空気が凍りついた。
彼女はニッコリと微笑みながら、部屋にいる面々を見渡した。
「マッドサイエンティストに、災害エルフ、それに竜王様まで。……皆様、ここが『療養施設』であることをお忘れではありませんか?」
「療養施設? ここは我の別荘だぞ、小娘」
デュークが不機嫌そうに睨んだ。竜王の威圧が放たれる。
普通なら気絶するレベルの覇気だ。俺なら即死する。
だが、リベラは眉一つ動かさなかった。
「ええ、存じておりますわ。ですが、そこの家主様をご覧なさい」
リベラが指差した先――そこには、竜王の覇気の余波を受け、白目を剥いて痙攣している俺(HP0.5)がいた。
「ひぃっ!? お、オーナー様ぁぁ!」
「……おっと、やりすぎたか」
デュークが慌てて威圧を引っ込める。
リベラは静かに、しかし冷徹な声で告げた。
「家主である古城タクミ様のHPは、シャボン玉よりも脆い『1』。彼が死ねば、この快適な室温も、フカフカの床も、美味しいメロンも、極上の温泉も、全て魔法の効果を失い消滅します」
リベラは法服を翻し、テーブルの上に『六法全書』をドンと置いた。
「つまり、貴方方の快適なスローライフは、彼という『極薄の氷』の上に成り立っているのです。……それを理解した上で、騒音を撒き散らしているのですか? それは『未必の故意』による殺人未遂、ならびに器物損壊の予備罪に問えますわよ?」
理路整然とした論破。
ぐうの音も出ない正論に、最強の怪物たちが押し黙った。
「そ、そう言われてみればそうじゃが……」
「ワシらも、つい楽しくて……」
反省ムードが漂い始めた。
リベラは表情を緩め、聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「分かっていただければ結構です。そこで、当職がこの領地のための『利用規約』を作成いたしました」
彼女が取り出したのは、羊皮紙にびっしりと書かれた契約書だった。
【聖域・絶対安全圏 利用規約】
第1条(騒音規制)
領内における60デシベル以上の大声、爆発音、咆哮を禁止する。違反者は罰金として金貨10枚、またはタクミ様への肩たたき1時間を科す。
第2条(戦闘行為の禁止)
領地半径5キロ圏内での魔法行使、ブレス、新兵器実験を禁止する。迎撃が必要な場合は、無音結界内で行うこと。
第3条(家主の保護義務)
居住者は、家主のHP減少を感知した場合、直ちにこれを回復・保護する義務を負う。家主が死亡した場合、居住権は即時剥奪される。
「……以上。これにサインをお願いしますわ」
リベラは羽ペンを差し出した。
その笑顔は、「サインしなければどうなるか分かっていますよね?」という無言の圧力を放っていた。
法廷で鍛えられた『淑女の威圧』は、ある意味で竜王よりも怖かった。
「ちっ……分かった。サインすればいいのだろう」
「うう、実験は防音室でやるわい……」
デューク、ギア、ルナが渋々サインをしていく。
最後に、リベラは瀕死の俺に駆け寄り、膝枕をしてくれた。
「大丈夫ですか、タクミ様? ポーション(紅茶)をお飲みになって」
彼女が差し出したのは、手作りの特製紅茶とクッキーだった。
一口飲むと、甘く優しい香りが広がり、HPが一気に全回復した。
「……うまい。生き返る……」
「ふふ。甘いものは脳と心のお薬ですわ」
リベラは俺の頭を優しく撫でた。
合気道で鍛えられたその手は、優しく、そして頼もしかった。
「ニャングルから報告を受け、居ても立っても居られず駆けつけました。貴方はゴルド商会にとって……いいえ、この世界にとって守るべき『資産』です。これからは、私が貴方の顧問弁護士として、法律と交渉で命をお守りしますわ」
こうして、最強の法律家リベラが仲間に加わった。
彼女が作った鉄壁のルールにより、領内の騒音レベルは劇的に低下。
俺はようやく、枕を高くして眠れる夜を手に入れたのである。
……まあ、その静寂も、「ルールを守らない新たな来訪者」が来るまでの束の間なのだが。




