EP 5
商機を嗅ぎつける猫 ~ゴルド商会ニャングル~
荒野のシェルター生活に、革命的な変化が訪れていた。
ルナが管理する『裏庭(と称したジャングル)』から収穫される、極上のフルーツである。
「うまっ……! なんだこれ、細胞レベルで元気になる味だ……!」
タクミは朝食のテーブルで、ルナが切ってくれたメロンを頬張っていた。
口に入れた瞬間、果汁が爆発し、疲れ切った神経が癒やされていく。
HPバーを確認すると、なんと上限が【1/1】から【1.1/1.1】に増えていた。
「あら、お気に召した? 世界樹の肥料をちょっと混ぜただけなんだけど」
「ちょっと混ぜてドーピング効果が出るのかよ。ありがとうルナさん、これで小石につまずいても、ギリギリ即死せずに済むかもしれない」
タクミは拝むようにメロンを食べた。
Dr.ギアは研究所で何かを爆発させており、ネギオはルナの散らかした皮を光速で片付けている。
奇妙だが、平和な朝だった。
だが、その平和は唐突な『来客』によって破られた。
ピンポーン。
タロー国から仕入れた『ワイヤレスチャイム』の音が鳴り響いたのだ。
「む? タローさんか?」
「いや、主よ。モニターを見るのじゃ。あれは……商人じゃな」
煤だらけのギアが顔を出した。
モニターに映っていたのは、大きなリュックと、背中に巨大な『算盤』を背負った、猫耳の青年だった。
彼は鼻をヒクヒクさせながら、シェルターの外壁(ブルーシート結界)をペタペタと触っている。
「……開けても大丈夫か?」
「殺気はないのう。むしろ、なんというか……『銭』の匂いがする」
タクミは警戒しつつ、エアロックを解除した。
プシューッという音と共に扉が開くと、猫耳の青年は愛想笑いを浮かべて飛び込んできた。
「おおきに! 開けてくれて助かりましたわ! わてはゴルド商会のニャングル! 以後お見知り置きを!」
コテコテの関西弁。そして、商人特有の揉み手。
ニャングルと名乗った男は、シェルターに入った瞬間、その表情を一変させた。
「な、なんやこの空気は……!?」
彼は鼻を大きく吸い込んだ。
外は砂埃舞う乾燥地帯。しかし、ここは湿度50%、室温24℃の極楽空間だ。
「空気が……美味い!? いや、それだけやない。この床! フカフカやけど沈み込まへん! 壁の素材も見たことない! こらタローの旦那が売っとる『ぷらすちっく』とも違う……もっと高度な……!」
ニャングルの目が、計算高い商人のそれから、獲物を狙う狩人の目に変わった。
彼はズカズカと(タクミがビビって後ずさりする勢いで)リビングに入り込み、ソファに座り、テーブルの上のメロンを見た。
「こ、これは……『黄金蜜瓜』!? 市場に出れば金貨10枚はくだらない幻の果実! それがこんな雑に切られて……!?」
ニャングルは震える手でメロンを一切れつまみ、口に入れた。
カッ! と目が見開かれる。
「――っかあぁぁぁぁ! 昇天するぅぅぅ!」
彼はソファの上で悶絶した。
そして、次の瞬間にはタクミの前にスライディング土下座をしていた。
「旦那ァ! いや、オーナー様! ここはいったい何なんです!? 王族の別荘でっか!? それとも神様の隠れ家でっか!?」
「い、家です。俺の」
タクミがおずおずと答えると、ニャングルは金剛算盤をジャララッと鳴らした。
その音にタクミが「ひっ(HP微減)」と怯えるが、ニャングルは止まらない。
「こら商機や! この環境、金になる! 外の世界の連中は、魔獣やら戦争やらで疲弊しとります。そんな中、こんな『絶対安全』で『極上』な空間があったら……!」
ニャングルは立ち上がり、熱弁を振るった。
「オーナー様、提案でんがな! ここを『会員制の超高級リゾート』として売り出しませんか!? わてが客を厳選して連れてきますわ! 金貨の雨が降りまっせ!」
「リ、リゾート……?」
タクミは困惑した。
静かに暮らしたいだけなのだが。
しかし、Dr.ギアが横から口を挟んだ。
「主よ、悪くない話じゃぞ。ワシの研究にも、ルナ嬢の肥料にも、金はかかる。タロー国から資材を買うにも先立つものが必要じゃ」
「それは……そうだけど」
確かに、貯金はゼロだ。タローにはツケにしてもらっているが、いつまでも甘えるわけにはいかない。
「それに」
ニャングルがニヤリと笑った。
「わてが調べたところ、この土地はどこの国にも属してまへん。つまり、オーナー様が『領主』を名乗れば、法律も税金も自由自在っちゅうわけですわ。わてらゴルド商会がバックにつけば、面倒な手続きも全部代行しまっせ?」
悪魔の囁きだった。
だが、HP1のタクミにとって、『ゴルド商会』という巨大な後ろ盾ができるのは、物理的な防壁以上に心強い。
「……分かった。ただし、条件がある」
「何でも言うておくんなはれ!」
「客は選んでくれ。暴れる奴、声のデカい奴、俺を殴りそうな奴はNGだ。俺のHPは1しかないからな」
「へ? 1?」
ニャングルはキョトンとした。
そして、冗談だと思って「ガハハ!」と笑いながらタクミの肩をバンと叩いた。
「またまたご冗談を――」
バタリ。
タクミが白目を剥いて倒れた。
「――えっ」
「キャアアアア! タクミ様が死んだあぁぁぁ!」
「主ーーッ!! おい植物! 回復じゃ! 早く回復魔法をかけんか!!」
「スパーン!(蘇生ツッコミ)」
大騒ぎになるリビング。
蘇生したタクミ(HP1)を見て、ニャングルは顔面蒼白になりながら、改めて土下座した。
「す、すんまへんでしたァァァァ! ホンマやったんか……!」
こうして、ゴルド商会との提携が決まった。
ニャングルは、この『史上最弱の領主』を守るため、そしてこの『史上最高の楽園』で儲けるために、世界中から選りすぐりの(金払いが良くて温厚な)顧客を連れてくることになる。
しかし、彼が最初に連れてきてしまった「太客」が、とんでもない人物であることに、まだ誰も気づいていなかった。




