EP 12
騒音問題、再燃 ~カラオケボックスを作れ~
神と魔王との入居契約が結ばれてから、わずか10分後。
タクミの『聖域』は、契約書にインクが乾く暇もなく、崩壊の危機(物理)に直面していた。
「いくわよぉぉぉ! 聞いて! 私の魂の叫び(シャウト)!」
リビングルームの中央。
タロー国製の『お掃除ワイパー』をマイク代わりに握りしめた魔王ラスティアが、テーブルの上で絶叫していた。
「『血塗られた週末』!! 死ねぇぇぇ! みんな死ねぇぇぇ!(※歌詞です)」
ズガン! バガン!
彼女がリズムを取って足踏みをするたびに、衝撃吸収率99%の床がきしみ、衝撃波が部屋中を駆け巡る。
「くっ、負けてられないわ! 私も新曲を披露するわよ!」
対抗心を燃やした女神ルチアナが、ポテチの袋を置いて立ち上がった。
彼女は両手を広げ、神々しい光を放ちながら、オペラ歌手のような高音で歌い出した。
「『聖なる浄化の光』~♪ 愚かな罪人たちよ~♪ 灰になりなさ~い~♪」
キィィィィィィン……!
超高周波の聖歌が、魔王のデスボイスと衝突する。
『聖』と『魔』の不協和音。
それはもはや歌ではない。音響兵器による無差別爆撃だった。
「ぐ、あ……が……ッ」
ソファの隅で、タクミは白目を剥いて痙攣していた。
HPバーは【0.1/1.1】と【0.2/1.1】を高速で往復している。
魔王の重低音で心臓が止まりかけ、女神の高音で脳血管が切れそうになっているのだ。
「リ、リベラさん……規約……第1条……騒音規制……」
タクミが震える手で助けを求めるが、顧問弁護士のリベラもまた、耳を押さえてうずくまっていた。
「だ、駄目ですわ……! 注意しようにも、声が届きません! それに、あの二人……楽しすぎて周りが見えていませんわ!」
そう、二人は悪気など微塵もなかった。
ただ純粋に、タローから教わった『カラオケ』という文化をエンジョイしているだけなのだ。
その純粋さが、HP1の人間にとっては致死毒となる。
「ええい、やかましいッ!」
ドンッ!
激怒した竜王デュークが、テーブルを叩いた。
「貴様ら! 我のラーメンのスープに波紋が立っているだろうが! 繊細な味の調整ができん!」
「ああん? 何よトカゲ、私の美声にケチつける気?」
「そうよデューク。貴方、耳が腐ってるんじゃない? 浄化してあげましょうか?」
ラスティアとルチアナが、ギロリと竜王を睨む。
一触即発。
ここで三つ巴の戦いが始まれば、『聖域』どころかこの大陸が地図から消滅する。タクミは塵も残らず消え去るだろう。
(死ぬ……マジで死ぬ……! どうにかして、あいつらの声を封じ込めないと……!)
タクミの生存本能が、極限状態で解決策を導き出した。
彼は這いつくばったまま、Dr.ギアの足首を掴んだ。
「じ、爺さん……! 作るぞ……!」
「なんじゃ主よ! 遺言か!?」
「違う……! 『地下』だ! あいつらを隔離する、完全防音の『カラオケボックス』を作るんだ!」
◇
作戦は、秒単位の戦いだった。
タクミは残りのMPを全て注ぎ込み、【絶対建築】を発動した。
「場所は地下1階! 構造は『多重真空断熱壁』! 素材はタロー国から輸入した『卵パック(紙製)』をスキルで圧縮強化した吸音材!」
シュワァァァァン!
リビングの床下に、新たな空間が生成される。
壁、床、天井の全てに、音を熱エネルギーに変換して消滅させる『卵パック吸音パネル』を敷き詰める。
「Dr.ギア! 通信カラオケ機はどうなってる!?」
「任せろ! タロー国製の『魔法通信カラオケ・シングダム』を改造して、スピーカー出力を5000倍にしておいたわい!」
5000倍。
普通なら鼓膜が破れるが、神と魔王が相手ならそのくらいで丁度いい。
「完成だッ! おい二人とも! もっといい場所があるぞ!」
タクミが叫ぶと、歌い疲れて水分補給をしていたルチアナとラスティアが振り返った。
「いい場所?」
「ああ! ここは音響が悪いだろ? 地下に『プロ仕様』のステージを作ったんだ。そこなら、どれだけ大声を出しても誰にも文句は言われない!」
その言葉に、二人の目が輝いた。
「あら、気が利くじゃない!」
「プロ仕様……いい響きね。案内しなさい!」
二人はウキウキと地下への階段を降りていった。
タクミは二人が入室したのを見届けると、分厚い防音扉(厚さ50センチの鉛入り)を閉め、三重のロックを掛けた。
シーン……。
静寂が戻った。
先ほどまでの地獄のような騒音が、嘘のように消え失せた。
「た、助かった……」
タクミはその場に崩れ落ちた。
HPは【1.1】へと急速回復していく。
「ふむ。やっと静かになったか」
デュークが満足げにラーメンのスープを啜った。
「しかしオーナー様、大丈夫でっか? あんな地下で好き放題歌わせたら、魔力代(電気代)が馬鹿になりまへんで?」
ニャングルが心配そうに尋ねるが、Dr.ギアがニヤリと笑った。
「心配無用じゃ。……これを見るがいい」
ギアが指差したモニターには、地下室のエネルギー数値が表示されていた。
防音壁が二人の歌声(音波エネルギー)を吸収し、それを魔力へと変換しているグラフだ。
「あの壁は、吸収した音を『聖域』の動力源に変換するシステムになっておる。二人が叫べば叫ぶほど、このシェルターの結界は強固になり、お湯は沸き、空調は快適になるんじゃ!」
まさに永久機関。
神と魔王のストレス発散が、そのまま領地のエネルギーになるリサイクルシステムである。
「すげぇな……。これで家賃の『労働払い』も回収できるってわけか」
タクミは感心した。
その時、足元から微かな振動と共に、モニターの数値が爆上がりした。
『いくわよルチアナ! デュエットよ!』
『ええ! サビはハモリましょう!』
地下では、神と魔王による歴史的セッションが始まっていたらしい。
その膨大なエネルギーにより、リビングの照明がカッと明るさを増し、露天風呂のお湯が勢いよく噴き出した。
「おっと、出力が高すぎてブレーカーが落ちそうじゃな」
ギアが楽しそうに調整レバーを操作する。
こうして、『騒音問題』は『エネルギー革命』へと転換された。
地下から響く世界の終わりみたいな歌声は、地上の平和を守る糧となったのである。
……ただし、地下ダンジョンを掘り進めようとしていた『ある妖精』が、その振動に引き寄せられてくるまでは。




