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HP1の建築士、最強の『絶対安全圏』を創る~小石で即死する俺の為、魔王も勇者も過保護に領地防衛します~  作者: 月神世一


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10/16

EP 10

命名『聖域サンクチュアリ』 ~魔王と神の予約待ち~

 弁護士リベラによる『利用規約』が施行されてから数日。

 俺の領地は、かつてない静寂と平和に包まれていた。

「……うむ。風呂上がりの牛乳は格別だな(小声)」

「ワシの研究データも順調じゃ。サイレント・ドリルの静音性は完璧じゃぞ(筆談)」

「お花たちも静かに育ってるわね。うふふ(微笑み)」

 リビングでは、竜王デューク、Dr.ギア、ルナたちが、まるで図書館にいるかのように静かに過ごしていた。

 誰かが少しでも音を立てそうになると、リベラがニコリと笑いながら『六法全書』の角で机をトントンと叩く。それだけで全員が直立不動になるのだ。

「す、すごい……。これが『法治国家』ってやつか」

 俺は感動に打ち震えていた。

 HPは常に満タンの【1.1】をキープ。

 風の音も、爆発音も、怒号もない。ただ穏やかな空調の音だけが響く楽園。

「オーナー様、この平穏こそが『商品価値』でっせ」

 ニャングルが電卓(タロー国製)を叩きながら近寄ってきた。

「ゴルド商会としても、ここは正式な『自治区』として世界に公表したいと考えてます。つきましては、この領地に名前を付けまへんか?」

「名前?」

「ええ。ただの『シェルター』やと味気ないでっしゃろ? ハクがつくような、カッコええ名前がよろしおま」

 名前か。

 俺は少し考えた。

 ここは俺にとって、死の恐怖から逃れられる唯一の場所。

 そして、竜王やエルフたちが争いを忘れてくつろぐ場所。

「……『聖域サンクチュアリ』」

 俺の口から、自然とその言葉が漏れた。

 それを聞いたリベラが、感嘆の声を上げた。

「素晴らしいですわ、タクミ様! 『何人たりとも侵すことのできない聖なる場所』……これほど相応しい名前はありません!」

「我も異存はない。竜王が認めた安息の地だ、そのくらいの名が妥当だろう」

 デュークも腕組みをして頷いた。

 こうして、俺の引きこもりハウスは、正式名称『絶対中立・保養聖域サンクチュアリ』と命名された。

 俺は【絶対建築】スキルを使い、入り口に立派な大理石の看板を設置した。

 『Welcome to Sanctuary (※大声禁止・戦闘禁止・土足厳禁)』

 完璧だ。これで俺のスローライフは約束された。

 ◇

 その日の夕暮れ時だった。

 

 ピンポーン。

 入り口のチャイムが鳴った。

 モニターには、二人の女性の姿が映っていた。

 盗賊のような殺気はない。

 商人のような商売っ気もない。

 だが、俺の『危険感知本能スペランカー・センス』が、過去最大級の警鐘を鳴らした。

「……なんだ? 胃が痛いぞ」

 HPが理由もなく【1.0】に減った。

 ただそこに立っているだけで、モニター越しに伝わってくる『圧』が違う。

 一人は、ジャージにサンダル姿の、ボサボサ金髪の女性。手にはコンビニ袋(タロー国製)をぶら下げている。

 もう一人は、漆黒のドレスに身を包んだ、銀髪の絶世の美女。その瞳は深淵のように黒く、美しい。

「誰だ……? ニャングルの知り合いか?」

「いえ、知りまへんな……。けど、あの銀髪の方、どっかで見たような……」

 ニャングルが首をかしげていると、リベラがハッと息を呑んだ。

 そして、デュークが持っていたコーヒー牛乳を床に落とした。

「ば、馬鹿な……。なぜ『あやつら』がここにいる……!?」

 竜王が震えている。

 俺は恐る恐る、インターホンの通話ボタンを押した。

「はい、どちら様でしょうか……?」

 すると、ジャージの女性が気だるげにカメラに向かってピースをした。

『あー、もしもし? ここが噂の『聖域』? タローちゃんから聞いて遊びに来たんだけど』

『ちょっとルチアナ、挨拶くらいちゃんとしなさいよ。……ごめんあそばせ。私たち、予約をしていないのだけれど、空いていて?』

 銀髪の美女が優雅に微笑んだ。

 その背後に、空間が歪むほどの『闇』が見えた気がした。

 リビングにいる全員が凍りついた。

 デュークが、搾り出すような声で言った。

「……女神ルチアナと、魔王ラスティアだ」

「は?」

 俺の思考が停止した。

 女神? 魔王?

 いやいや、そんな世界のトップ2が、こんな辺境の家にアポなしで来るわけが――。

『あ、デュークいるじゃん。開けてよー。今日仕事で疲れてんのよ。サウナ入りたいんだけど』

わたくしはカラオケがしたいわ。最新のアニソンが入っていると聞いたのだけど』

 会話の内容が庶民的すぎる。

 だが、彼女たちが放つオーラは本物だった。

 俺のHPバーが【0.5】まで急落する。

「う、嘘だろ……。神様と魔王様が……女子会しに来たってのか!?」

「開けろタクミ! いや開けてくださいお願いします!」

 デュークが土下座の勢いで叫んだ。

「あやつらを待たせたら、この領地どころか大陸が消滅するぞ!」

 リベラも顔面蒼白で『六法全書』をめくっている。

「か、神と魔王に関する法律なんて載っていませんわ……!」

 俺は震える指で、エアロックの解除ボタンを押した。

 プシューッという音と共に、世界の『頂点』が、俺の聖域へと足を踏み入れる。

『お邪魔しまーす。うわ、床フッカフカ! これ人をダメにするやつじゃん』

『あら、いい香り。メロンかしら? ……ねえ貴方、ここが気に入ったわ。私の『別荘』にしてもよくてよ?』

 魔王ラスティアの深紅の瞳が、HP残り0.5の俺を射抜いた。

 ――こうして、『聖域』の名前は決定的なものとなった。

 神、魔王、竜王、エルフ、ドワーフ、人間。

 全種族のトップが集う、世界で一番安全で、世界で一番胃が痛い場所。

 俺のスローライフは、ここからが本当の『本番』だったのだ。

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