EP 1
転生したらHP1だった件 ~とりあえず核シェルター作ります~
風が吹いていた。
乾燥した、茶色い土埃を含んだ荒野の風だ。
「……ここ、どこだ?」
古城タクミ(27歳・一級建築士)は、意識を取り戻すと同時に、自分が知らない場所に立っていることに気づいた。
確か、徹夜で図面を引いていて、コンビニに夜食を買いに行った帰り道、トラックが突っ込んできて……。
「ああ、死んだのか俺。で、異世界転生ってやつか」
状況を理解するのは早かった。ラノベ好きだったからだ。
目の前には、見渡す限りの荒野。草木一本生えていない、殺風景な岩場が広がっている。
とりあえず、定番のステータス確認だ。「ステータスオープン」と心の中で念じてみる。
ポンッ、と軽い電子音と共に、半透明のウインドウが浮かんだ。
【名前】コジョウ・タクミ
【種族】人間
【年齢】20歳
【職業】建築士
【レベル】1
【HP】1/1
【MP】∞
【攻撃力】0
【防御力】0
【敏捷性】2
【運】50
【ユニークスキル】
『絶対建築』
「…………はい?」
俺は我が目を疑った。
HP、1。
いち? ワン? 見間違いかと思って二度見したが、どう見ても数字の『1』だ。
さらに、備考欄に小さく注釈があった。
※特性:スペランカー体質
(小石につまずくと骨折します。デコピンで即死します。風邪を引くと永眠します)
「ふざけんなあああああああああっ!」
俺は絶叫した。
なんだこのクソゲー! 初期設定ミスってレベルじゃねぇぞ!
HP1ってなんだよ! オワタ式かよ!
その時だった。
ヒュオオオオオッ!
荒野特有の突風が吹き荒れ、砂粒が俺の頬を叩いた。
「いっ、たぁ……!?」
ピシッ。
何か、嫌な音がした。
視界の隅にあるHPバーが、一瞬だけ点滅し、『0.9』みたいな挙動を見せた気がする。
「ま、待て待て待て! 砂が当たっただけでダメージ受けてる!? これ死ぬ! あと数分ここに立ってるだけで、風に削られて死ぬ!」
冗談抜きで命の危機だった。
モンスターに襲われるとか、そういう次元じゃない。
『自然環境』そのものが、俺にとってはラスボス級の殺意を持っている。
「家だ……! 家を建てないと死ぬ! 壁と屋根! 俺を守るシェルターが必要だ!」
建築士としての本能が警鐘を鳴らす。
俺は震える手で、ユニークスキル『絶対建築』の詳細を開いた。
【絶対建築】
1.亜空間建材庫:あらゆる資材を収納・取出し可能(※初期ボーナス:木材・石材・鉄材セット済み)
2.瞬間施工:設計図をイメージし、MPを消費して一瞬で建築する。
3.領域指定:建築した建物の内部を『聖域』とし、環境を完全支配する。
「これだ……! これしかない!」
俺はMPが無限なのをいいことに、即座に脳内で図面を引いた。
お洒落なログハウス? 駄目だ、隙間風で死ぬ。
ガラス張りのモダン住宅? 論外だ、石が飛んできたら即死だ。
必要なのは、快適さではない。生存だ。
俺は目の前にあった、高さ5メートルほどの巨大な岩塊にターゲットを絞った。
「設計開始! 構造、鉄筋コンクリート並みの強度を持つ『岩盤一体型シェルター』! 窓なし! 入り口は二重エアロック構造! 換気システムには防塵フィルター完備!」
イメージを固める。
俺の生存本能が、完璧な『引きこもり要塞』を設計した。
「スキル発動……【瞬間施工】ッ!!」
シュワァァァァァァァンッ!!
光が弾けた。
巨大な岩塊が、まるで粘土細工のように変形していく。
中がくり抜かれ、表面が硬化処理され、鋼鉄製の重厚な扉が出現した。
所要時間、わずか3秒。
「は、入るぞ!」
俺は転ばないように細心の注意を払いながら(転んだら死ぬから)、重い扉を開け、中へと滑り込んだ。
二枚目の扉を閉め、ロックを掛ける。
シーン……。
外の風音が嘘のように消えた。
岩盤をくり抜いて作った居住スペースには、スキルで生成されたLED風の魔法照明が灯っている。
床には、衝撃吸収効果のあるフカフカのコルク材。
壁には、高性能な断熱材。
【領域指定効果発動】
室温:24℃(適温)
湿度:50%
空気清浄:完了
衝撃無効化:ON
「……い、生きてる……」
俺は床に大の字になった。
背中から伝わる感触は、コンクリートのように冷たく硬いものではなく、高級ベッドのように柔らかい。
ここなら、転んでも死なない。
風に削られることもない。
「最高だ……。ここが俺の城だ……もう一歩も外に出ねぇぞ……」
安堵で涙が出そうになった。
HP1の虚弱体質にとって、この空間こそが天国だ。
その時だった。
入り口に取り付けた『外部監視モニター(魔法映像)』に、何かが映った。
「ん? モンスターか?」
俺はビクリとして画面を覗き込む。
そこに映っていたのは、ボロボロの服を着て、煤だらけになった小柄な老人だった。
背中には見たこともない奇妙な機械を背負い、長い髭は焦げている。
どう見ても行き倒れだ。
しかも、俺のシェルターの入り口の前で、力尽きて倒れ込もうとしている。
「……おいおい、嘘だろ」
無視するか?
いや、玄関前で死体になられたら、精神的ダメージで俺のHPがゼロになりそうだ。
俺は恐る恐る、インターホン代わりのスピーカーをオンにした。
「あー、もしもし。そこで死なれると困るんですけど」
老人の耳がピクリと動いた。
そして、乾燥しきった唇で、うわ言のように呟いたのだ。
「……みず……いや、オイルをくれ……歯車が……錆びる……」
「人間じゃねぇのかよ!?」
HP1の建築士と、マッドサイエンティストのドワーフ。
これが、後に世界中から『聖域』と崇められる場所の、最初の住人との出会いだった。




