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我々は特殊性癖ではない! ―排泄系性癖の本質とは―

 前回「スカトロ」という言葉について散々書いたわけですが、そもそも人は「スカトロ」のどこにエロスを見出すのか?


 そういう性癖は持ってないよって方に向けて、何がそんなにエロいのか、どうして性的嗜好たり得るのかを力説したいと思います。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 まず、最初に言いたい。




 「スカトロ」は特殊性癖なんかじゃない!!!




 これも前回書いたことですが、「スカトロ」って悪いイメージ持たれすぎです。

 別に「スカトロ」の中にも色んな分類があるとかそういうことは関係無く、奇怪で異端で邪悪なものだと思われてるんです。

 私だって「お漏らしが好き」と明かしただけで引かれた経験あります。おかしいでしょ、いいじゃんそれくらい。


 「スカトロ」がここまで忌み嫌われる理由。

 言葉の解釈の問題を脇に置いて考えるとすれば、それは明白です。




 排泄物が関わるから。




 はい。やっぱキモいですよね。

 キモいのは自覚してますよ。だって、排泄物だもん。

 私も結構な潔癖なので、リアルでおしっこ飲むとかうんち触るとかマジで無理です。

 まあ、汚いという確かな感覚があるからこそ、それと2次元美少女が結び付くのがエロい……というわけなんですが、そもそも排泄物のキモさに耐えられない人にそんな説明をしても分かり合えないでしょう。


 では私たちは永遠に仲を違えたままなのか?

 いいえ、私が今からその国境を破ります。お漏らし伝道者になります。



「お待ちください伝道者様! 排泄物が受け付けない人にどんなに布教しても意味は無いのでは?」


 おいおい、諦めるのか?

 我々の信仰はそんなことで行き詰まってはならん。

 お漏らし神は、敬虔な信仰心を持つ限り、万人を救済してくださるのだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ということで、その特有のキモさを克服し、圧倒的なエロさを体験していきましょう。


 「スカトロ」と呼ばれるもの全てについて語ろうとするとハードなものも入ってきて話がややこしくなるので、何かちょうどいい例を挙げたい。

 こういう場合はよりライトなものを選ぶのが鉄則です。じゃあ所謂「おしがま」にするか。一番キモくないし。

 ……いやいや、それではダメだ。私は今、キモいけどそれ以上にエロいという話をしようとしている。

 おしっこなんて「聖水」なんて言われて割と周知の概念じゃないか。ここにおいてはもっと嫌悪感が強い方が適している。

 じゃああれだな。


 「便意我慢・うんちお漏らし」だ。

 やっぱりうんちの方が、汚い・臭い・気持ち悪いというイメージが強い。うんちと比べればおしっこなんて多少色と臭いが付いた水だ。

 よし、思い切ってこれを例に話を進めます。



 結局スカトロとは何なのか。私流の定義はこんな感じ。


『排泄物、もしくは排泄物と人との関係に性的興奮を覚える趣味』


 シンプルですね。しかしこれでもまだ、スカトロの本質には皮を被せてしまっている状態です(それについては後ほど)。

 この、異性の体とか、性に直結する要素が無いのに排泄物には注目するところが白い目で見られる所以なんでしょうね。


 ではこれが「便意我慢・うんちお漏らし」でどのように表現されるのか。

 最も簡潔でありふれた展開はこうです。


 何らかの原因(もしくは特別な原因の無い、ごく自然な生理現象)により、いきなり便意を催してしまう。

 ↓

 漏らさないように我慢しながらトイレに向かう。あるいはトイレに入れるまでの時間持ちこたえる。

 (これが便意我慢)

 ↓

 何とか頑張ったが間に合わず、あえなくうんちを漏らしてしまう。これがうんちお漏らしです。

 これが幸運にも間に合ってトイレに排泄できれば、「脱糞・排泄」という結末になります。


 こう書いてみると、実は私たちの日常生活でも起こり得る展開です。

 でもこれが現実で本当に起こったら、気分は最悪。汚くてしょうがないですよね。


 それもそのはず。

 (こんなこと書くまでもありませんが、)

 うんち・大便というものは基本的に汚染や悪臭、そして処理の必要性を発生させる「汚物」です。

 実物はもちろん不快だし、たとえ2次元や創作の世界であっても「うわ、汚ねえ……」という印象を与えます。


 しかし、これと「人との関係」を考えると、一気にエロさが見えてきます。

 私は基本2次元美少女に興奮するので、「人」は2次元美少女という体で話します。


 2次元の美少女、可愛いです。綺麗です。

 これは上の汚物と違い、多数の人が頷くでしょう。

 彼女らは可愛くて綺麗なので、汚くて気持ち悪いうんちとは無縁の存在であるわけですね。

 しかし人間である以上排泄はしないといけないので、トイレに行くし、可哀想に漏らしてしまう場合もあります。


 可愛いのに、汚くなってしまう。

 可愛いのに、汚いものと切り離せない。

 可愛いのに、汚い姿を見せないために我慢し、隠さなければいけない。


 ……お気付きですか?




 そう、これは一種の「ギャップ萌え」なんです。




 ……まあ、ギャップ萌えって普通は悪い一面から良い一面を見るものなのでちょっと違うような気もしますが……。

 要はその人の印象の殆どを占めるものとはミスマッチする要素を好く、ということです。


 可愛くて綺麗な美少女がうんちを我慢したり、漏らしてしまったりする。ミスマッチしてますね。

 これはスカトロ以外の、支持者の多いメジャーな性癖にも含まれます。


 例えば、「無垢で純潔な少女が、実は性欲が強く、行為にあたっては男よりも興奮してしまう」とか、「綺麗な美少女が汚いおじさんに犯され、拒否感を抱きながらも絶頂してしまう」とか。

 こんなのネットの海に潜れば無限にありますよ。


 それと、同じなんです。

 うんちが汚いという感覚自体は、エロさを作り出すための材料でしかない。

 最も大切なのは、その汚さによって、それと結び付く美少女が逆にエロくなる、ということなんです。

 漏らさなくてもそう。ただ我慢している姿でさえ、「このままでは汚い姿になってしまうため、必死にそれを防ごうとしている」と考えればエロい事この上ないわけです。


 突き詰めれば、ですよ。

 別に排泄しなくてもいいんです。

 汚物とは無縁に思われる女の子が「うんち」という言葉を発し、それについて喋る。

 これでギャップ萌えは成立しますから、こっちは性的に満足できるんです(まあこれはかなり上級者かもですが)。

 しかし排泄系性癖としては上級者でも、一つの性癖としては、これは寧ろソフトな部類にカテゴライズされて然るべきでしょう。だってただのギャップ萌えなので。



 以上のことを踏まえて、何故かエロいのかを明確にした定義を考え直しましょう。


『排泄物、もしくは排泄物とのミスマッチによるギャップが見出される人に性的興奮を覚える趣味』


 いい感じになりましたね。

 これならスカトロ趣味を持たない人にも良さが……うん?


「伝道者様! 我々が信じる真理をお忘れですか!? このままでは、無知なる人々を誑かした罪で地獄に堕ちてしまいます!」


 さっきからうるさい弟子だなあ。

 しかし、彼の言うことはもっともです。

 私はまだ、この解説においてスカトロの本質に辿り着いていない。

 その理由は?


「ギャップ萌えが性的欲求を満たすとしても、排泄物が受け付けないという人々は楽しめないからです!」


 その通り。

 ギャップ萌えがいかにエロかろうが、そもそもうんちがキモすぎて見れない、興奮が削がれる、という人は楽しめないことになってしまっています。

 これじゃあ伝道者失格です。

 では、私は地獄に堕ちるのか?


 そんなことはありません。

 エロさの本質は、既に見えています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 エロさの本質、それはズバリ、




 自然の理に抗えないことの証左として、人間として勝ち得た尊厳を失い、汚くなってしまうこと。




 私はさっきから、大事なワードを散りばめてきました。

 「ごく自然な生理現象」、「人間である以上排泄はしないといけない」……。

 そう、人間は、生物には当たり前に備わった生理機能より生じる諸現象や欲求に抗うことはできません。

 これがスカトロが他の性癖と一線を画す理由だと、私は考えています。


 いやいや、それならオ〇ニーやセ〇クスも同じこと、性的刺激や性欲に抗えていないじゃないか。

 あなたはきっとそう思ったはずです。


 違う。排泄欲と性欲は、全く違う。


 性欲とはどういう欲求だったでしょうか。

 (もちろん、私が美少女のお漏らしに興奮するのも性欲あるが故ですが……)

 性欲というものは、確かに生理現象の一種です。自慰行為に耽る美少女は、汚いおじさんに犯された美少女は、創作の世界では全員もれなく自然の理に抗えず絶頂してしまう。


 しかし、性欲には必ず「相手」が関わります。

 純愛セ〇クスやレ〇プ物はどう考えても相手がいますよね。

 一人で自慰行為をするにしても、性的欲求を向ける対象がありますし、おもちゃを使うならそれも「相手」と見なすことができます。

 性欲を考えたとき、自然の理は第三者になるんです。


 では排泄欲はどうか?

 もちろん浣腸とか下剤が誰かの手によって混入される系のお話はあります。

 しかし浣腸や下剤は「相手」にはなりません。尿意や便意の原因になる飲み物や食べ物も「相手」にはなりません。

 だってそれらは、「排泄欲を起こすもの」ではないから。

 全ては生理機能のサイクルを回す部品になるだけで、それ自体が排泄欲に直結するものではないんです。

 うんち自体もそのサイクルの一部ですから、やっぱり「相手」にはなりません。


 これでは「相手」、つまり美少女と席を対面にする存在がいません。

 空席にどっかりと腰を下ろすのは誰か? そう、自然の理です。

 排泄欲が生まれる場面において、自然の理は第三者でいることを諦め、美少女と戦うんです。


 勝敗は決まっています。美少女の負けです。

 ほ〇らちゃんなら円〇の理から力を奪えますが、一介の美少女にそんな超常的なことはできません。

 排泄欲――つまり便意を催した時点で、それは美少女側の負けを意味するのです。


 敗北者たる美少女は必死に便意に耐えます。そして、限界を迎えたら漏らしてしまいます。

 この時、漏らしたうんちが持つ意義とはなんでしょうか?


 敗北者が惨めな末路を迎えるのは世の常です。そうでなければ、勝者側もいまいち満たされません。

 うんちは、また便意は、敗北した証。

 そして同時に、スカトロがスカトロとして存在するために絶対不可欠な因子。

 そういうわけです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ここに来て私は初めて明かします。

 実は私、レ〇プ物や寝〇られ物は一切受け付けません。

 理由は女の子が汚くなるから。


 うんちのお漏らしだって汚くなるのに、こっちは受け入れられるどころか大好きです。

 それは、




 自然の理という勝ち目の無い圧倒的で超越的な存在に敗北した証は、人としての尊厳が守られるわけがなく、当然に惨めで汚いものとなるから。




 確かにうんちはキモいです。おしっこもキモいです。その他諸々の排泄物もキモいです。

 しかし、キモさを取っ払ってしまったら、もう敗北の証として機能しなくなってしまうんです。


 美少女が抗えない摂理の前に敗北し、彼女らとはミスマッチな結果を押し付けられたとき、それはキモくなくてはならない。

 キモさを受容しなければ、美少女の悲惨な敗北というエロ事象そのものが破壊され、消えてしまう。

 スカトロにおけるキモさとエロさはそういう相互に支え合う関係で成り立っているんです。


 ここで改めて、スカトロを定義してみましょう。


『絶対的な力に抗えなかった証としての排泄物、そして排泄という敗北の現実を受け入れるしかない人に性的興奮を覚える趣味』


 ふぅ。これでどうでしょうか。


「お、おお……! 伝道者様、流石です! これで我々の信仰は世界の果てまで広まり、全ての人が神のご加護を受けることでしょう!」


 弟子も喜んでます。


 しかし排泄物のキモさそれ自体を否定することはできませんでした、いくらなんでも。

 まあここまで読んでくださった方は、多少なりスカトロのキモさを飲み込めるようになったんじゃないでしょうか。


 何にせよ、同じ趣味を共有する同志が増えることを願うばかりです。

我ながら何まじめにこんなこと書いてるんだ……。

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