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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

角去石

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あ、つぶらやく~ん、これから時間あったりしない?

 実はさ、角去石かくきょせきを探すの手伝ってほしいんだよ。


 ――角去石となんぞや?


 ああ、つぶらやくんは知らなかったっけ。

 字のごとく、完全に角をなくしてしまった自然の石のことなんだ。聞いたことあるでしょ? 自然は曲線を作り、人間は直線を作ると。

 きっちりしたものでないと、不都合がおこりがちな人間世界。それに対し自然は、場所や場合に応じて適した形へ変わっていくのをよしとする。相手との兼ね合いによっては、無残な結果に終わるかもしれないが、それなりの自由は保障されているといっていい。

 ま、ときにはしがらみから解放された、自然のブツに思いを馳せたいときもあるんだ。よかったら、少し付き合ってくれないか?


 ひとまず、探すものの実態が分からないとだよね。ちょっと待ってね……。

 はい、こういうものだよ。どう? 球っぽかったり、ぐにゃぐにゃの軟体生物っぽい形だったりと、いろいろあるっしょ。

 え? そろそろ爪切ったほうがいい? ああ、ごめんごめん、ちょっとここのところご無沙汰でさ。うっかり触らないよう気をつけてよ。僕も気を付けるからさ。

 で、共通しているのが、石の中心に渦を巻いた模様があるってことさ。それもただ浮かんでいるわけじゃない。指で触ってごらんよ……ほら、細い細い溝であることがわかるだろう。

 人間でこいつをやろうとしたら、精緻な技を持たないとできないだろうね。うん、こいつらは自然の中で育まれたものなのさ。僕の身近にこんな神業を持っている人はいない。

 と……このあたりでいいかな。つぶらやくん、これと同じように渦を巻いているものを探してくれないかい?


 ――もう少し、手掛かりみたいなものはないのか?


 おっと、そうだね。だったら曲がった線のみで構成された、石を探してみてくれないかい? とがった角などを持たない、この丸やぐにゃぐにゃしたような輪郭のものだ。

 角去石とは、その名の通りに角を取り去った石のこと。角が立つやつは、いろいろなものにもまれていくうちに、削られて丸くなっていく。鋭さを維持していくのは自然も人間も苦労するものさ……なんてね。

 と、一ヶ所で角去石が都合よく見つかるとは限らないんだ。いちおう、この近辺にあるだろうとあたりをつけているのだけどね。いくつか場所をはしごするかもしれないから、あと10分ほどしたら別のとこへ行こう。

 候補はもう、見繕ってあるんだ。


 これで5ヶ所め。つぶらやくん、時間とか本当に大丈夫かい?

 そうか、ならよかった。始めるまではおっくうだけど、いざ始めてしまうとなんだかどんどん先をやりたくなる。人って不思議なものだよねえ。

 一度選んだ自分の選択。それをどこまでも信じたくなる。山へ登るとき、森へ入るとき、自分が間違ったルートを進んだかも……とは考えたくなくなる。

 もちろん、疑わしくとも正解であって、進み続けた結果うまくいくこともあるだろう。けれども間違っているかもしれないと恐れ、後戻りができる勇気も、また成功と同じだけすごいことだと思っている。

 自然はそこにとどまって、行動にふさわしい結果をもたらしてくれるのみだ。もっとも、すべての要素を見ることのできない人間の身だと、「運」と片づけなくては納得しがたいものも多いけれどね。


 ……ん? どうした、石を握ったままじっとして? ひょっとして……あ、角去石じゃないか!

 間違いないね、ここまで丸く渦を巻いているものとは。おそらく、これまで一番シンプルで美しいものだよ。お手柄だね、つぶらやくん。

 じゃあ、そいつを受け取る前にお礼を渡しておくよ。え~っと、ひのふの……いや、そんなもんじゃ申し訳ないな。

 この財布の中身、全部あげるよ。ああ、大丈夫さ、個人的なカードとかは別の財布に前もって移してあるから。純粋にお金しか入っていないよ。


 ――え? 申し訳なさを覚えるのかい?


 いやいや受け取ってくれよ。車に乗せてもらったときにも、ガソリン代とかを運転してくれた人に払ったりしないかい? 取り決めがなくても、ギリニンジョウ的なものでさ。いまどき珍しいかな……。

 まあ、ちょっとそれには手伝ってもらったお礼プラス迷惑料も入っているからね……ついでといっちゃ悪いけど、もうひとつ頼まれてくれないか。


 ――は? 急に脱ぎ始めるなって?


 いやあ、ごめんごめん。街中でやったら犯罪者扱いだろうからね。人目につかないところかつこれを目の当たりにしても、驚くくらいで済んでくれそうなのは君くらいしかいないからね。これでも君が思うより、ずっと君を信頼していると思うよ、僕は。

 この服たちを家へ届けてほしいんだ。大丈夫、家族には「自然にもまれてくる」といえば伝わるよ。


 ――お前、爪をいつの間に切ったんだ?


 おっと、目ざとい。気が付いたか。

 いったろ? 自然にもまれていくうち、角が取れて丸くなっていくって。それは角が取れないと自然にもまれづらいってこと。人工のものがあってもだ。

 自然に迎え入れられるなら、尖った部分はなくなっていくんだよ。

 あるがままの姿へ戻る。そうしなきゃ自然とひとつになれない。本来なら生き物とぷっつり分かたれている自然の境目への侵入を、角去石は可能にしてくれる。

 君が見つけてくれた石、渡してくれないか。それで今回は足りそうだ。


 はは、びっくりするよね。こうも足元から地面へ溶けていく感じだと。つぶらやくんじゃなきゃ、信じてもらえそうにないから。

 今度の休みの間、僕は自然へもまれる。どんな連絡をしても通じないから、その点は気を付けてくれ。ちょっと解放されていくだけ……いや、みんないずれは自然に還るんだから、ひと足先の疑似体験かな。

 それじゃ、頼んだ件はよろしく頼むよ。また、休み明けに……。

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