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第一章 黎宇寒(レイ・ウカン, Rei Yuhan)

本作は作者が独自に創作したオリジナル作品です。中国語の原文はブロックチェーンにより証明済みであり、著作権と独創性を保証します。外国語版は翻訳のみであり、翻訳にはAIツールを利用しましたが、物語の創作自体はすべて作者本人によるものです。

自習室は静まり返り、ただ電灯が時折「ジジジ……」と電流の音を立てていた。

ほとんど深夜、人影はすでにまばらだった。もともと大教室であるため、余計に広々として空虚に感じられる。窓際の隅に座る彼の周囲には、まるで目に見えぬ力場があり、斥力を生じているかのようで、誰も近寄ろうとはしなかった。


この最高学府にとって、彼は異端児だった。入学者の誰もがここに来たことに誇らしい興奮を抱き、それを自慢する。だが彼だけは例外であった。彼にとってこの大学の価値は、寝床としての寮、自習するための教室、そしてわずかな代講やプロジェクトの謝礼しか残っていなかった。


そのため彼は苛立ちやすく、人と話しても三言を超えることはほとんどなかった。


やがて自習室に残っていた最後の数人も帰り支度を始めた。原稿用紙を静かに重ねて本に挟み込み、椅子の座面を手で押さえながら、音を立てないようにゆっくり立ち上がる。


隅に座る異端児の名は――黎宇寒レイ・ウカン

学部は数学と応用数学を専攻していたが、三年生になる頃からしばしば物理学科の講義に通うようになった。最終的に学籍は数学学院に残っていたが、数学の講義にはほとんど姿を見せなかった。数学学院の学生が彼を目にするのは試験のときぐらいだった。


彼はしばしば理論物理学の林教授リン・キョウジュを訪ねた。林は弦理論とその M 理論への統一を研究していた。黎宇寒は率直だった――「数学学院の教授は林教授より数学的素養が劣る。自分が数学学院に留まる必要はない」と。


その傲慢な言動にもかかわらず、数学学院は彼を容易に手放そうとしなかった。だが修士課程に上がるや否や、彼は即座に物理学科へ移り、誰の顔も立てなかった。


入学当初、彼の逸話は学内に広まった。たとえば、微分幾何学の授業でわずか数分でリーマン曲率テンソルを導出してしまったこと。あるいは三ページにわたる高等解析の問題を黒板の前で十分ほどで解いてしまったこと。誰も彼を妬まなかった。なぜなら、ボルトの速さや姚明の身長を妬む者がいないように、それは次元の違う才能だったからだ。教授たちもまた彼の話をし、「この子にはフォン・ノイマンの面影がある」と語った。


だが今、彼の立場は微妙なものとなっていた。彼が選んだのは、ほとんど前途が閉ざされていると思われる研究分野であり、その師もまた学内で浮いた存在だった。通常、数学を学んだ者は金融工学に進み、将来は量的金融や人工知能を手掛ける。あるいは物理学科に移って量子情報や凝縮系物理をやる。それらはいずれも金銭的に有望な道であり、凡庸な人間でも分け前にあずかれる。


だが黎宇寒は、誰も選びたがらない M 理論を選んだ。そして林教授は、この学内で唯一その研究を続ける人物だった。林教授はかつて黎宇寒に語った――「自分が引退すれば、この学内でこの分野はますます軽んじられるだろう」と。彼がこの分野を選んだのは、是非を避けて研究に専念したいという気持ちもあった。加えて、この分野は彼の若い頃に一度大きな熱狂を呼び起こしていた。それは 1995 年のことで、人々はその時期を「弦理論の第二次革命」と呼んでいた。


当時は確かに潮流であったが、数学的能力に対する要求は苛烈で、さらに強い物理的直観をも必要とした。大学全体でも二、三人の資深な数学教授しか学際的能力を持たなかったが、誰も自分の山頭を捨てて開拓に出ようとはしなかった。だから壮年期にあった林教授にとって、弦理論の熱潮は逆転のチャンスだった。もしその梁を担げば、職位も住居も給与も一挙に解決できたのだ。


しかし今は事情が変わった。分野は周縁化され、経費は常に不足し、プロジェクトも乏しい。現在、黎宇寒を含めても林教授の下にはわずか五人の学生しかいない。彼らにとって将来の進路は極めて不透明だった。


「ピピピピ」「ピピピピ」

アラームが鳴り、黎宇寒の思考を遮った。彼は通常、自らの思索や計算に時間を区切ることはなかったが、今日は約束があった。


ゆっくりと頭を上げると、額には汗が伝い落ち、まるで戦いを終えたかのようだった。原稿用紙には記号と数字が散らばり、十数枚に及んでいたが、それを気にも留めず立ち上がり、そのまま出て行った。灯りはまだついたままで、教室には一束の草稿だけが残されていた。


教室の入口には二人の学生が立っていた。

「先輩、終わりました?」

「うん。」黎宇寒は答えた。

「僕ら、ちょっと研究させてもらいます。」

「二つ導出していない。ひとつは極限を積分記号の中に移す部分で、主導収束定理を使う。もうひとつは総和と積分の入れ替えで、Fubini–Tonelli 定理を用いる。それ以外は問題ないはずだ。君たち、僕の微信を知っているだろう?分からなければメッセージを残してくれ。」

「はい、ありがとうございます!」


二人の学生が草稿を取りに教室へ入ると、黎宇寒は足早に去っていった。廊下の光は薄暗く、今の彼の心境のようだった。


校舎を出ると、広場が広がっていた。周囲の街灯は橙色の光を放ち、中央には三本の旗竿が立つだけで、ほかに何もなかった。広場の端まで歩き、さらに右手の並木道をしばらく進む。木々が途切れ、道に傾斜が現れるころには、遠くに洋風の住宅が見えてくる。山の斜面に芝生が整えられ、その上に独立した住宅が建ち並んでいた。二階建てや三階建てが多く、互いに大きな間隔を空け、石畳の道でつながれている。


ここは各学部教授たちの住居であった。


道には人影もなく、ときおり虫の声が響くだけだった。黎宇寒の足取りは速く、街灯の光は彼の鋭い顎の輪郭を浮かび上がらせては、再び暗がりに沈めた。眉間は固く寄せられ、目の周りには疲労の色が濃く、肌もややくすんで見える。しかしそれでも彼の容貌は際立っており、むしろその端正さは彼にとって学問的な光を覆い隠す厄介な装飾にすぎなかった。


林教授の家は斜面の奥にあった、比較的古い時期に建てられた住宅のひとつだ。ちょうどそのとき、林教授は玄関前に出てきており、街灯の下に立ち、遠くからでも黎宇寒に見えるようにしていた。


「妻はもう休んでいる。ここで座って話そうか。」

「ええ。」


二人は街灯の下、小径の脇にあるベンチに腰を下ろした。


実のところ、今日の約束は黎宇寒の方から切り出したものだった。胸の内に鬱積があったからだ。大学から彼に「社会公開講座」を担当せよと告げられ、それを受け入れがたく感じていたのである。


いわゆる公開講座とは、形式的に行われるもので、メディアの前で最高学府のイメージを示すためのものだった。

慣例では、学部学生に任せることが多い。たとえば、赤道面と黄道面について説明したり、アフリカゾウとアジアゾウの違いを語ったり、あるいは流行病の予防や治療について解説したり。いずれも平易で理解しやすい内容ばかりであった。授業の様子は録画され、うまくいったものはテレビで放送されることもある。


聴講者は多様だった。附属小学校の児童、大学に勤める親を持つ子ども、暇を持て余した祖父母に連れられた者。近隣の中高生も混じっており、彼らはこの大学の教室に座れることを熱望していた。そして避けられないのが「民間科学者(民科)」と呼ばれる人々の紛れ込みだった。広い教室に数人増えても問題はないが、困るのは彼らがしばしば主導権を握ろうとし、奇妙な考えを披露することだった。経験の浅い大学生講師では対応できず、場が乱れるのが常だった。


つまり公開講座とは、「向上心」を売りにする学部生に回される役目だった。ところが昨日、教務から直接呼び出され、黎宇寒にその役が回されたのだ。しかも理由付きで――「弦理論の分野はそもそもプロジェクトが少なく、資金も乏しい。上は君たちに何か仕事を与えたいと考えている。手当も増えるし、どうせ暇だろうから。」


「気にするな、散歩だと思えばいい。君はここでは人と関わりたくないと言っていたじゃないか。公開講座で子どもに会うくらいなら、休暇みたいなものだ。」林教授が口を開いた。背に撫でつけた髪は両鬢に白いものが目立ち、整ってはいないためやや乱れて見える。額や目尻の皺は深いが、その眼差しだけは老人らしからぬ澄んだ輝きを保っていた。


「彼らは『暇だろう』と言ったんです! 僕がああいう講座に出られないわけではない。でも、あの物言いは侮辱でしょう?」

「耐えるのだ。今は地盤を固めるときだ。覚えているか? 1995年、M理論が発表されたとき、この大学で論文を理解できたのは三、四人だけだった。老教授たちは新しいものに手を出す余力がなく、若者にこそ本当のチャンスがあった。」


「林先生、でも僕は M 理論しかやるつもりがない。他の分野には興味が持てないし、新しく出てきた流行の理論を追う気もないんです。」黎宇寒は困惑をにじませた。


老教授は身を少し後ろに傾け、口元を引き締めた。

「馬鹿者。選択こそ努力以上に大事だ。君には学際的な能力がある。それが資本だ。資本さえあれば、あとは機会を待てばいい。本当の差は汎化能力にある。多くの博士や教授とて、結局は一つの手に職を得ただけの職人にすぎない。学問の世界が永遠にこのまま続くことはない。時代ごとに新しい波が来る。そのときに備えて翼を整えておくのだ。風が吹かないときは、翼があろうとなかろうと地べたに蹲るしかない。」


黎宇寒は姿勢を正し、少しうなずいた。

「教授、つまり今の M 理論は、最終理論にはまだ遠いということですか? もし M 理論が最後に成功するなら、他を考える必要はないはずです。僕が M 理論に惹かれる唯一の理由は、その可能性です。他の理論は望みがないことは、皆が心の奥で分かっている。」


教授は顔をわずかに傾け、じっと見つめ返した。しばしの沈黙の後、言った。

「若いころの私も、自分を証明したいと願った。だが今の君と違い、私が弦理論に転じたのは、最終理論を求めたからではない。ただそこに機会があったからだ。多くの場合、我々は現実に従わざるを得ない。ニュートン体系が問題を抱えていることは皆が承知していたが、それでも静かに待つしかなかった。自然に崩壊するのを待ち、新たな理論が芽吹くのを待つしかなかったのだ。ちょうど大臣や皇子たちが、帝王の崩御を待ちながら枕元に控えるように。鯨が落ちて初めて万物が育つ。言い換えれば、現体系が崩れていないうちに優れた理論を見つけることは、むしろ危ういことなのだ。コーシーは一歩誤れば、ガロアの名を完全に消し去っていただろう。フックの一言で、ニュートンは十年以上もケンブリッジに籠り声を潜めねばならなかった。君もその歴史は知っているはずだ。」


「分かっています、でも教授、僕は知りたいんです。M理論が正しい緊致化の方案に基づけば根本的な問題を解決できるのかどうかを。それは僕自身の信念に関わることです。任性だと思ってくださって構いません。」


「私はもう老いた。」林教授は言葉を区切り、黎宇寒の肩に手を置いた。

「ほかの者には言ったことはないが、この年齢ではもう本当の推進力にはなれない。今や世界で本気で取り組んでいるのはケンブリッジ、ハーバード、インペリアル・カレッジ、MIT、IPhT(Institut de Physique Théorique)くらいだ。それも分散していて、G₂多様体による緊致化を進める者、双対性を追う者、膜力学に注力する者と様々だ。世界全体でも、全体の枠組みを独力で動かせる人間は数十人しかいない。ウィッテン(Witten)でさえ老いてきた。次のウィッテンがいつ現れるかは分からない。君が問うのが『これが最終理論か』ということなら、私には答えられない。私の目の届く範囲はそこまで遠くない。対岸は見えないのだ。」


橙色の街灯の下で、教授の皺はさらに深く刻まれ、涙がその溝を伝って静かに落ちていった。


その光景に黎宇寒はしばし呆然とした。林教授が涙を流す姿など、一度も見たことがなかった。おそらく他の誰も見たことがないだろう。


「宇寒、お前には交叉研究センターや科学アーカイブ研究室といった場所がある。どちらも私は顔が利く。もう数年で退く身だが、その前にお前を送り込んでおける。古い建物で、外から見れば地味な部署だが、静かに研究したい者にとっては理想の場所だ。監視する者もなく、同僚は数人の家族持ちばかりで、表向きの体裁さえ整えておけば何も言われない。私が退いた後、この大学が M 理論にどういう態度を取るかは分からない。もしお前が引き継げば、講義も学生指導も上下の調整も背負わされる。静けさは失われるだろう。」


「林先生、僕はまだ独力でやれるほど完成していません。リノーマライゼーション(重整化)も、超対称性も、繊維束のトポロジーもまだ補えていない。」

「心配するな。お前の学習速度を私はよく知っている。残りは腰を据えれば半年で十分だ。それに、私が退いたとしても、お前はいつでも私を訪ねられる。覚えておけ、本当に難しいのは汎化能力だ。ウィッテンは学部で歴史と言語学を学び、のちに数学へ、さらに物理へと移った。物事には本来つながりがある。矛盾は多くの場合、表面にしか存在しない。表面に囚われすぎず、内在的なつながりを探すのだ。」


「はい。」


「公開講座を任されたのなら、やってみればいい。新入生たちは皆、争ってでも行きたがるのだ。テレビに映って顔を知られるのも、一つの人生経験ではないか。」林教授は笑みを浮かべて言った。


「ええ。」黎宇寒も笑みを返した。だがすぐに表情は消え、彼の胸の内にある思いを知る者は誰もいなかった。

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