判官殿と初仕事の段
「あなたが冒険者になられる。それは間違いありませんね?」
「うむ。間違いない」
義経は頷いた。
「あなたのような方がギルドに入会されることは大変ありがたいことです。この世界には様々な問題が山積しており、冒険者はいくらいても足りないぐらいですから。特に資質に優れている者は貴重です」
茶を飲む義経を眺めつつ、ハインツは言った。
「本来でしたら入会には試験を行うのですが、免除しましょう。入会金もです。ランクは金といきたいところではありますが、支部長権限では銀級が限度となっております」
「階級にこだわりはない。支部長殿が詫びることではあるまい」
頭を下げようとするハインツを手で制すると、
「そう言ってもらえると嬉しいですね。では、これを」
そう言うと、ハインツは銀メダルが付いたペンダントを机の上に置いた。
「これがギルドの銀級の証ですので、常に首から下げて下さい。紛失するとペナルティが発生しますから、気を付けてください」
「承知した」
「あなたがこれから良き道を辿られることをギルドは期待しております」
「こ、この度は申し訳ございませんでした!」
受付まで戻ると、グレタは頭を下げた。
「もうよい。次から気をつけよ」
「本当に申し訳ございませんでした。可愛かったものでつい……」
そう口走ったグレタは、慌てて手で口をふさいだ。
「武士はこれで語られればよい」
太刀の柄を軽く叩くと苦笑した。
「と、とにかく、銀級おめでとうございます! ここ最近ではミナモト様ぐらいですよ」
「上には上が居よう。自慢にはならぬよ」
言葉を手で制すると、義経は掲示板の方を見た。
「あれから探せばよいのだな?」
「あ、はい。とは言え、パーティーを探す方をまずはお勧めします」
「何故に?」
「御存じないようですが、冒険者には攻撃役や防御役、回復役の神官。そして偵察などをこなす役割分担を受け持つことが推奨されているからです。万が一にも貴重な冒険者を失わないための安全策ですね」
真剣な顔になったグレタに、義経は考え込んだ。
「ふむ。冒険者としての最初の仕事故、先ずは容易いものはあるか?」
「それでしたら、薬草採集かゴブリン討伐ぐらいですね」
「ゴブリン……確か矮躯のもんすたあとやらか」
「はい。数が集まれば厄介ですが、討伐依頼としては鉄級に相当しますね」
鉄級とは、冒険者になりたての新米が受ける仕事として知られている。緑色の肌に粗末な武器を使う亜種。妖精が堕落して生まれたとも言われる種族だ。
性質は、狡猾にして残忍。楽しみのために人族を襲ったり、家畜を食い荒らす厄介者である。
そうエスタリアが言ったのを覚えている。
「東のエドナ村の近くに複数のゴブリン遭遇の報告が入ってますし、討伐依頼もでてますよ」
グレタが掲示板に案内すると、そのような張り紙が一枚張られていた。
「中には魔法を使う上位種がいることもあるので油断はできませんが」
「なるほど」
そう言えばエスタリアが「最初はゴブリンが定番だね」と言っていたのを思い出した。せっかくの異世界だ、初めて見る魔物はゴブリンが良いだろう。
「これを受ける。かまわぬな?」
「でも、気を付けてくださいね」
義経が剥がした張り紙を受け取ると、グレタは言った。
ギルドから出ると、義経は空を見上げた。
「さてと、ここから三日か」
張り紙に書かれていたのはエドナという村である。ウェイランからは徒歩で三日の距離にあり、どこにでもあるような農村のようだ。
「お嬢ちゃん冒険者かい? だったら携帯食は買っといたほうがいいよ」
屋台から声が掛かった。
見ると、干し肉や菓子のような固形物を売っていた。
「これは?」
「うちは携帯食の店さ。冒険者は全員が狩りで獲物が取れるわけじゃないし、ダンジョンじゃ食料なんて無いんだ。そういう時に必要なのが携帯食さ」
説明によると、棒状のものは小麦粉に様々な栄養分を練り固めたもので、味はともかく一つで一食分になる優れもの。干し肉や干し果物も携帯食の定番らしい。
「ふむ。体験するのも悪くはない。六日分貰おうか」
「まいどあり!」
木の皮に包まれた携帯食を受け取ると、義経はほかの店からも声を掛けられていく。
荷物や獲物を運ぶ背負いカバン、火打石。
縄に楔の登攀道具、マントに着替えの下着等々。
それらを鞄に詰め込むと、旅の準備は整った。東門から町を出ると、義経は力を込めて歩き始めた。
一日目。
また角ウサギと出くわした。
試しに一羽仕留めると、血抜きや内臓を処理して鞄に括り付けた。特に何もなかったので、夕食は角ウサギの丸焼きとした。
淡白な味だが、肉は柔らかくて旨い。
薄い毛布にくるまって寝た。
二日目。
ウェイランへと向かう芸人たちと出会う。旅芸人は危険とも隣り合わせなので、戦う術を学んでいる者も多いそうだ。試しに一曲披露してもらうと、多めに報酬を支払ったので喜ばれた。
小さな村に出くわすと、そこにあった宿に泊まることにした。
藁に敷布を掛けただけの簡素なベッドだったが、新鮮な感じがして楽しめた。店主によると、ウェイランの門限に合わせて出る客が多いらしい。
そうしていると、簡素な柵で囲まれた村が見えてきた。
これまた簡素な門があり、男が槍を持って立っていた。
「随分物々しいな」
「やあ、エドナ村にようこそ。お嬢ちゃんはウェイランからかい? 一人旅なんて危ないんじゃないかい?」
「ウェイランの冒険者ギルドから依頼されて来た。村長はおられようか?」
「は? お嬢ちゃんが?」
「これを見ても分からぬか?」
腰の太刀とペンダントを見せると、門番は「ちょっと待ってて」と言って村の奥へと駆けて行った。