判官殿と隊商の段
命を失った御者や護衛の人々を布にくるみ、空いていた場所に納めると、隊商は再び帰郷の旅を再開した。
義経が護衛を申し出ると、一も二もなく大歓迎された。
「その若さでそのお強さ! 感服いたしました」
興奮しているアイザックに実年齢を言ったものかと義経は考えたが、言わない方が花とも言うと考えて、言わないことにした。
いまだに怯えているアンは、義経の横で袖をギュッと握りしめている。
「修行には事欠かなかった故にな」
「なるほど。余程の荒行でしたのですな」
「神が如くにな」
「それはそれは!」
大袈裟に驚かれ、義経は面食らった。
日本式の反応しか知らない義経には、彼の一挙手一投足が大袈裟に見える。
しかし、隊商の他の人々も似たような反応だったので、この国ではそのようなものかと思われた。だとすれば、過剰に彼らの反応に驚くのは止めた方がいいのかもしれぬと義経は思った。
「そう言えば、ミナモト様はどちらまで行かれますので?」
「気ままな武者修行故、特には決めてはおりませぬな。話には冒険者なる生業があると聞くが、詳しくは聞かなんだ」
エスタリアからは様々な知識を学んだが、実際に見たことはない。
冒険者とは、ギルドと呼ばれる機関の依頼を受けて仕事をする者たちの総称であり、その仕事は多岐にわたる。
何でも、金属を階級の証としているらしく、最高級はアダマンタイトとか呼ばれる金属で造られているらしい。
「でしたら、ウェイラン公国の首都であるウェイランで手続きをなされませ。私共もウェイランの店に戻る途中でございますし、何でしたら紹介状も書かせてくださいませ」
ぐっと顔を寄せると、アイザックが提案してきた。
どうしたものか。
義経は考え込んだ。悪い提案でないことは分る。アイザックからは真摯さすら感じさせられるし、自分は人付き合いが得意だとは言い難い。
京で軍政や民政に携わったことはあるが、今世では面倒事は避けたい。
「お願いできまするか?」
「私共でよろしければお安い御用でございます。何なりとお申し付けくださいませ」
アイザックは深々と頭を下げた。
「ははは。ミナモト様は我等の命の恩人でございますぞ。もっと鷹揚にしていただいてもよろしいのですぞ」
アイザックがそう言うと、アンは首をブンブンと激しく縦に振った。
「では、好きにさせていただく」
「ミズホにはギルドはございませんので?」
「さあて、拙は今まで興味もなかったでな。兵法一筋であった」
そう誤魔化すと、義経は窓から外を見た。ガラスは天界にもあったが、そこまでの透明度はない。それでも、こうやって流れる風景を眺めるのは新鮮だ。
林を抜けると、穀倉地帯が広がった。金色の穂が重みに揺れている。
「米……ではないな」
「はい。麦でございます」
「ふーむ」
日本人ならば米。
パンどころかうどんすら知らない世界の住人だった義経からすると、米が無いのは辛いものがある。
「パンも出来立ての物はそのままでも美味しいものでございますよ」
「ほう」
「ウェイランに美味しいパン屋がありますので、一度御案内いたしましょう」
「暇な時にでもな」
それからの旅は順調そのもので、野生の鹿等と出くわすぐらいしか事は起きなかった。
五日の馬車の旅を続けると、ウェイラン公国の首都であるウェイランに辿り着いた。
「これがこの国の街か」
ウェイランの城壁に、義経は驚いた。
「そう言えば、ミズホでは街を城壁では囲まないのでしたな」
「うむ」
「ははは。これを見ていて驚きなさるのでしたら、ゲリュオン帝国の皇都を観たら心臓が飛び出ますぞ」
「そこまでか?」
義経は目を丸くした。
「はい。高さだけでも倍はありましょう。豪勢にも金があしらわれ、城も天上の如くとまで言われております」
「むう……」
想像ができない。
都と言えば平安京しか知らない義経には、概念そのものをひっくり返された気がする。城門は長い列があり、衛兵が何人も動いているのが遠目にも見える。
「あれは何をしておるのだ?」
開けられた窓から身を乗り出した義経は、中で平然としているアイザックを見た。
「荷検めと入関税でございます。こればかりは抜けられませぬ」
「街の外にも館があるが?」
城壁の外にも家はある。中には立派な建物もあるが、ボロボロな廃屋同然の家もある。それが不思議でならない。
「門は刻限が来たら閉まります。まあ、悪所と言っても過言ではございませんので、ミナモト様は近付かない方がよろしいかと」
アイザックは顔を顰めた。
「悪所?」
「娼館でも大っぴらに開けられぬものや、市民として認められずに住み込む者たちが集まる場所でございます。まあ、刻限に間に合わなかった者を泊めるまともな宿もあるにはありますが」
アイザックの眉間の皺が深くなる。
「娼館とは何だ?」
「ミナモト様にはまだ知るのは早うございます」
子供を嗜めるかのような口ぶりに、義経も顔を顰める。義経の時代には遊郭こそ無かったものの、遊女自体はあった。
行った事はなかったが、武蔵坊弁慶がよく足を向けていたのは知っている。
「言っても信じられなかったが、拙は既に大人だ」
「さてさて、そろそろ我らの番ですな。使いも出しております故、大歓迎させて頂きますぞ」