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判官殿と野盗襲来の段

 

「ひゃはーっ!」

 アイザックが馬車から出ると、辺りは惨憺たる状態だった。護衛の半分は倒れ、半分は下種な笑みを浮かべながら血まみれの剣を手にしている。

「……」

「どおおだ? 楽しい出し物だろう? お前が雇った半分は俺様の手下。これからはもっと楽しいショーの始まりだぜ!」

 後ろの馬車からは乗員が引きずり出され、顔を真っ青にして怯えている。無理もない。あと少しのところで襲われたうえ、半分が野盗の手下だったからだ。

 これからどうなるかなど、言われるまでもない。

 命は奪われ、荷も奪われる。

 しかし、一人だけそうならない人物がいる。自分ではない。給仕のアンだけには違った末路が待っている。それを想像するだけで背筋が寒くなる。

「金ならやる。だが、命だけは助けてほしい」

 願いが可能とは思ってはいない。しかし、最後の最後まで部下を思うのが自分の義務であるとアイザックは考えた。

「アリタリアの金や宝石がある。お前たちなら何年でも遊んで暮らせるだけの価値がある。殺す手間をかけるぐらいなら、さっさと受け取った方が楽ではないかね?」

「ほー、そりゃあ手間がかかんねえこったな」

 頭らしき男が頷いた。

 だが、一縷の期待は易々と裏切られる。何かブツブツと呟くと、頭はニタリと嫌な笑みを浮かべた。

「ざあああああんねええええええーん! そんなつまんねえ与太に乗るかよ。俺様はてめえらがとことん絶望するのが見たいんだからよぉ!」

 悪魔のように歯をむき出しにすると、男は両側に吊るした短剣を抜いた。

 隊商はぐるりと十人を超える野盗に取り囲まれ、逃げることもままならない。しかし、囲んだだけで何もしようとしない。

「きゃああああー!」

 馬車からアンが引きずり出された。恐怖で彼女の顔は引き攣り、手足をバタバタと動かしている。

「まずはよう、この女をここでマワす。それからゆっくりと女以外はぶち殺す。時間はたっぷりとあるからよ。この世の最後の時間をたっぷり楽しめや」

「やめろー!」

 アイザックは堪らず声を上げて頭へと向かった。

 だが、禿頭の野盗に短い足を払われて石畳の道に転げた。ワハハと笑う野盗たちの中、頭は顔を顰めた。

「まずはてめえから死ねや!」

 禿頭の男が長剣を振り上げると、アンの悲鳴が更に大きくなる。

 だが、振り下ろされてもアイザックは傷一つ負わなかった。

「へ?」

 禿頭が呆けた顔になる。

 血は流れている。だが、それは男の無くなった腕から噴き出したものだ。

「ぎゃああああっ!」

 悲鳴と同時に、禿頭の腕がくるくる回って街道脇の地面に突き刺さった。

 それだけではない。

 馬車の後方にいた野盗二人が崩れ落ちる。

「ひと、ふた、みつ!」

 そこにいた全員が聞き覚えの無い声が響くと同時に、小柄な影が飛び込んできた。

 緋色の簡易な鎧に後ろで纏められた長い黒髪、背はアンよりも低いが、(まなこ)には炎が宿っていた。

 左手には奇妙な弓を構え、頭とは別方向へと二股の矢を放った。

「四つ」

 男とも女にも見える人物───源義経は、一番遠くで(いしゆみ)を構えていた野盗の首を跳ね飛ばしてから頭を初めて見た。

「が、ガキ!」

「餓鬼などではないわ」

 義経は弓を石畳の上に置くと、太刀の柄を握った。

「死にゆけ外道」

 すっと頭の足元まで潜り込むと、反りを返して抜きはらった。

 そうしてすぐに元の場所まで戻ると、太刀を鞘に納めた。

「へ?」

 頭を始め、誰にも何が起きたのか見えなかった。

 だが、頭の股関節から大量の鮮血が噴き出すと、騒然となった。

 見えなかった。

 一瞬で近寄り、一閃したことを。

 見えたのは、反りのある剣を納めている姿だけだった。


「うがああああーっ!」

 声を上げる間もなく頭が崩れ落ちると、野盗たちはパニックに陥った。

 しかし、義経の手は止まらない。改めて弓を手にすると「征矢」と呟いてから三本の鏃の長い矢を取り出し、文字通り矢継ぎ早に引いた。

「ぎゃ!」

「え?」

「げ!」

 首筋や心臓を撃ち抜かれ三人が倒れると、最早戦いではなくなっていた。

 逃げ去る者に、斬られる者。

 一人も残さずに打ち倒すと、義経は大きく息を吐いた。

「片付いた」

 義経が告げると、隊商の人々から歓声が上がった。

 中にはへたり込んでしまった者もいるが、無理もない。今生きていること自体が奇跡的なのだから。

「き……いや、貴方様はどちら様でございましょうか? 私はアイザック商会のアイザックと申します。貴方様が来られなかったら、今頃はこの世にいなかったことでしょう!」

「ミズホがトウミが浪人、義経。源九郎義経みなもとくろうよしつねと申す」

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