判官殿と地上世界の段
「ではのう」
エスタリアの声とともに、義経の足元に光の輪が浮かんだ。
「お二方には大変お世話になり申した」
「久しぶりに楽しめたよ」
イイ笑みをガイウスが浮かべると、義経の周囲の気配が希薄になっていく。
いや、存在が希薄になっているのは己自身の体だ。
「ゆっくりと生涯を楽しむがよい。それを眺めるのも一興よ」
エスタリアの笑みが天界で見た最後の光景となった。
りりり……ケヒャケヒャ!
生き物の鳴き声が、義経の意識を取り戻させた。
辺りを見回すと、木々の向こうに狭くはない道らしきものが見える。[適当な場所に送る」と言われていたが、迷子になる心配だけは無さそうである。
改めて、エスタリア達から拝領した武具などを確かめる。
腰に吊るした太刀は、手元からではなく奇麗に湾曲している。義経の後に主流になる造りだそうだが、刀身は僅かに赤みを帯びている。
「素晴らしい」
引き込まれるような刀身に、義経ははうと息を吐いた。
銘は『アカツキマル』。
黎明の空に打たれた為に名付けられた。
太刀を収めると、脇差を抜く。白銀の刀身は美しく、『残雪』と名付けられた。瑞獣の取れた角から打たれたとのことだったが、角が刃になった仕組みが訳が分からなかったのを覚えている。
弓は和弓の丈を短くした物で、箙には様々な矢が収められている。
武士といえば刀を使うのが当たり前だと思われがちだが、義経の時代において弓は重要な武器であった。
腰帯に付けられた袋には、当面の軍資金や便利な道具が入れられている。「久々のことで神どもが張り切ってのう」とエスタリアが言っていたが、何が入っているのだろうか?
「金子は如何ほどあるかな?」
袋に手を入れると、丸い銀貨が取り出された。
この世界では銀貨が主に流通しているらしく、一日銀貨十枚もあれば暮らせるらしい。あまり大きくない手に掴まれたのは、大小の銀貨が十五枚。
「全部でどれくらいあるのか分らぬが、悪党の真似事はしなくて良さそうだな」
小銀貨と大銀貨を見つめながら、義経は苦笑した。
「ん? これは轍か?」
石で造られた街道道には、ハッキリと二本の溝があった。
天界では意識してはいなかったが、田舎の街道にまで石を敷き詰めるのが義経には分りかねた。
「まあ、軍勢は楽に行けような」
世間のことはよくわからない義経だったが、戦が絡めば天才的な感覚の持ち主である。
街道は坂道になっており、下れば何かはあろうと考え、義経はゆっくりと歩き始めたのだった。
「それにしても、あまり変わらぬ……?」
ガサガサと音がすると、義経は咄嗟に太刀に手を掛けた。
すると、額に角が生えたウサギが姿を現し、ぴょんぴょんと跳ねながら前を通り過ぎて行った。
「……」
エスタリアが言ったのは確か角ウサギ。
初の異世界体験に、目を丸くする義経だった。話や映像を見せられた時には「そんな馬鹿な生き物など居りませぬ」等と言ったものだったが、事実を突き付けられると話は変わってくる。
「食えるらしいがー」
エスタリアの講義によると、食生活は大差はないとは言われている。
ミズホであれば米にもありつけるらしいので、飛ばされたのはミズホの近くであることが望ましい。しかし、あの神々の所業を考えると、ミズホの近くとは思えない。
気温は丁度良く、空を見ると僅かに赤味がさしている。
おそらく、夕方だろう。
「食うてみるか?」
担いでいる袋から弓を取り出すと、箙から矢を取り出した。
「きゃああああー!」
あからさまな悲鳴が耳に入った。
若い女の声に、義経の顔が強張る。
別の矢羽根に指を掛けると、義経は声の聞こえてきた街道を駆けた。それは落ち葉が散るほどのモノであったが、当人が気が付くのは後のことである。
時は遡る。
ウェイラン公国の国境沿いの街道道を馬車の商隊が進んでいた。隣国との商いの帰り道であり、高価な品も仕入れていた。
だからこそ、護衛を雇い慎重にここまで来た。
「やれやれ」
商隊長のアイザックは、今日も無事であったことを神々に太い指を組んで感謝した。
「何か甲高い音が聞こえませんか?」
部下のエリクソンがキョロキョロと辺りを見回した。
言われてみると、馬車の外から鳥とは違う音が聞こえる。不安になったアイザックは、馬車の小窓を開けた。
「オーウェン、馬車を……⁈」
停めろと言おうとしたアイザックの表情が凍り付いた。
御者台に居た御者と、護衛隊長は力なく事切れていた。その体には幾本の太い矢が突き刺さっており、血が流れていた。
「なっ!」
「旦那様、いかがなされましたか?」
給仕のアンが声をかける。
「隠れろ!」
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ちょっとだけデータとして、義経の身長は154センチ性別は義経。