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百物語を救うとき  作者: 野月よひら
第五章 白布
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6



「本当の事をいうとね」

 明美はクリームソーダに浮かんだアイスクリームをスプーンでつついた。

「あたし、すごく腹が立ったの」

「ん?」


 学校帰り。久しぶりに、こっそりと喫茶店に寄ったのである。

 聡は珈琲を嗜んでいた。香ばしい香りが辺りに漂っている。

「だって、あの二人とも、植草くんのこと」

 そこまで言って、明美は口をつぐんだ。

「ごめん、なんでもない」

 流石に言えなかった。それでも、明美は苛立っていたのだ。

 聡の両親は、それで幸せだったのかもしれない。でも、その息子の聡が一人残されたことには違いないのだ。

 聡は微笑んだ。

「ううん。分かるよ。ぼくも、そう思ってた」

「ごめん」

「いいんだ」

 聡は、目を細める。

「ありがとう」

「……え?」

「笹原さんが、僕のために怒っている。それだけでぼくは嬉しいんだ」

 そう言って、聡はほうと息を吐いた。

「葉子さんにも、お礼を言いたかったんだけどね」

 葉子はアパートを退居した。退居した、と、両親から聞かされた。親戚に不幸があって、すぐに郷里に帰らなければならない、とのことであった。

「葉子さんって、何者なんだろう」

「さあ。……でも」

 聡は珈琲カップをかたりとおいた。

「すごく、素敵な人だったね」

 明美もうなずいた。

 何となく、明美には分かっていた。空っぽの202号室を見て、明美は思ったものだ。

 もう二度と、葉子には会えない。あの不思議な麗人は、二度と自分たちの前に姿を現すことはないのだろう。

「ねえ、笹原さん、お願いがあるんだ」

 改まった表情の聡に、明美はぱちりと目を瞬かせる。

「お願い?」

「ぼくにマフラー編んでくれない?」

「へっ!?」

「実は憧れてたんだ。彼女の手編みマフラー」

「え、え、え!?」

「だめ?」

 明美は盛大に困惑する。今、彼は、何と言った?

 明美の顔が一気に朱に染まる。

「あの、あのね、確認なんだけどね」

 聞かなければと思っていたのだ。ずるずるとここまで来てしまったが、今が最後のチャンスである。

 明美は深呼吸した。

「……あたしたちって、付き合ってる……の?」

 聡は、瞠目した。

「え」

「え」

「あ、そうか、言ってなかったのか」

「聞いて、ない」

「あ……」

「うん」

「……あの、さ」

 聡は顔を机に臥せた

 その耳が赤く染まっているのを、明美は見逃さなかった。

「笹原さん、ぼくは」


 冬だ。

 雪が、桜の花のように舞う。

 手を繋ぐ。首に巻かれた白いマフラーが、木枯らしに揺れている。

 曇天から舞う雪を見て、明美は微笑んだ。

 この手を、絶対に離さない。

 もう一人にはしない。そう決めた。

 幻想的な風景であった。


 歩く。

 歩く。

 視界が白で埋め尽くされる


「ねえ明美ちゃん」

「うん」

 交わされた約束。

 それが、十年後に叶うことになるのを、まだ二人は知らなかった。


 雪が、降っていた。

 白い、白い、雪が。


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