42、魔法陣と光
ブーレ湖の湖面が全てオーロラ色に変わった時、リリエルは後ろを振り返った。
「リル、行くのか。」
「はい、アレクサンダーお兄様、シュベールお兄様。」
アレクサンダーもシュベールも銀髪だったが更に髪に白いものが混じっている、二人とも五十代後半にさしかかっていた。すでに現役は引退して魔術研究に打ち込んでいたが、それも今日で完成となる。
リリエルは五十四歳になった。銀髪は更に白く煌めき、スミレ色の瞳は深く澄んでキラキラとしている。白い聖女の衣装が荘厳にみえた。
「名残惜しいが、約束の時が来たのだな。」
「はい。お兄様。天界との約束の時が来ました。後のこと、よろしくお願いします。」
「ふむ、寂しくなるな。とは言え、我々の人生の旅もそろそろ終盤だと思う。」
「お兄様方には、まだまだ長生きしていただきたいですわ。」
「できるだけ努力する。」
アレクサンダー•ホワイティエ前公爵はリリエルをそっと抱きしめた。次に前魔法師団総督のシュベールもリリエルを抱きしめる。
「リルと血は繋がっていなかったが兄妹でいられて幸せだった。ありがとう。」
ブーレ湖の湖面中心が割れ、湖底に向かって透明な階段が現れてきた。
「お別れの時ですね。お兄様、私、幸せでした。これまでありがとうございました。」
リリエルは履き物を脱ぐと、湖に現れた透明な階段を降りていく。
三十八年前、ルベールが地獄のゲートを閉じたとき、ケルビムが入れ替わり、ルベールとリリエルの人生が繋がった。その時、天界で神は次のように取り決めたのだった。
ルベールの死後の三年後に、ブーレ湖の結界柱となったケルビムとリリエルが入れ替わること。リリエルは持てる全ての光魔力を使うことで人間としての人生は終了とし光の魂となり天界へ戻り、同時にケルビムも結界から離れることができるので光の魂となり天界に戻ること。
リリエルの魔力が地獄ゲートを永遠に閉じ消滅させる役目を果たす、という予定になっていた。
そのため地獄ゲートの結界強化をするために、ルベールとアレクサンダー、シュベールたちは引退し後進に役目を譲って魔法の研究に没頭した。すでにゲートの結界強化の準備は整っており、ブーレ神殿を含むブーレ湖全てが魔法陣となっていたのである。そこにリリエルの光魔法が注がれることで結界は完成するのであった。
湖面より深く階段を降りたリリエルはもう一度振り返った。
アレクサンダーとシュベールが涙を浮かべながらも微笑んでいる。リリエルもまた微笑み手を振った。
「アレクサンダー兄様、シュベールお兄様、また会う日まで。ごきげんよう。」
リリエルが湖面より深く深く透明の階段を降りていくと、割れていた湖面が元に戻っていく。
※ ※ ※
リリエルはどんどん深く降りていく。途中から階段が消え、リリエルの体が光り始め、リリエルは頭から底へと手を伸ばし深く潜っていく。
どれほど潜っただろうか。周りはオーロラ色から薄暗い紺碧の湖水に変わった。遠くに一つの小さな宝石が光るような輝きが見える。そこを目指してどんどんと潜っていく。
そしてその輝きが等身大の球体と気がついた時、懐かしい香りがした。ジュニパーベリー。
「ケルビム様?」
《リルか》
湖底全体からケルビムの声が聞こえる。
「はい。やっとお迎えに来ました。」
《そうかそれだけの年月がすぎたのだな。》
「はい、湖上の神殿とブーレ湖の魔法陣は完成しています。」
《では、始めようか。》
「はい。」
リリエルは輝く球体に向かって手を合わせ祈りを捧げる。リリエルの体全体から光が溢れ球体を包んでいく。
「主よ、リリエルでございます。どうかお聞き届けくださいませ。
守りたまえ、祓いたまえ、全ての命は主の光、いかなる時も慈しみくださいませ。歪んだ魂の救済、堕ちた魂のためにも祈ります。ウィンザーを愛した者たちの全ての愛を持って愛を尽くし愛を貫き信じあたたかな光を願います。」
湖上からオーロラのような魔法陣が降りてくる。魔法陣には精密な唐草模様のような古代語が描かれ、それぞれの字がキラキラと浮かび上がっている。
魔法陣がリリエルの体を包んだ時、ブーレ湖全てが黄金に輝き全てがみえなくなった。
※ ※ ※
その頃地上では、ブーレ湖の湖面全てから強い黄金の光が天に向かって長く高く放たれた。同時に魔法陣が空高く浮き上がって、ブーレ神殿はオーロラ色に輝きあたり一体に光を放っている。
「魔法陣が完全に起動したな。」
「完璧でしたね兄上。リルは天界へ帰ったのでしょうか。」
「そうだな、この魔法陣はルベール兄上と私たちの渾身の魔法陣だからな。きっとケルビム殿も行かれたのだろう。」
「ではエルラール陛下に魔法通信で報告を。」
アレクサンダーとシュベールは、完璧な魔法陣と天界の光で地獄のゲートが完全に消滅したことを確認した。
ブーレ湖の黄金の輝きは一昼夜続いた。
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