34、生命の樹
リリエルはケルビムに連れられ《生命の樹》の前に立っていた。
天にある《生命の樹》、それは全ての命ある魂の行く末を見守り全宇宙のエネルギーを流し続ける樹である。小さな素粒子から生まれる宇宙、そこから世界が形作られ、命が生まれ、この生命の樹によって延々脈々と紡がれる。
「リリエル、この樹が全ての命の源、全世界の輪廻転生を見守ってきた《生命の樹》だ。この樹の実を食べたものは永遠の命を授かると言われている。」
「アダムとイブが食べたあの林檎の実ですか?」
「あれは《知恵の樹》。この生命の樹の実は選ばれたものにしか見えないと言われている。」
「私には見えません。ケルビム様には見えるのですか?」
「ああ見えている。本来ならばリリエルにも見えるはずなのだが、今は心が感情で乱されすぎているのだろう。。。リリエル、お前の言い分も理解はしている。」
「、、ごめんなさい。セラフィム様の仰ることは正しいとわかっています。私はこれまでの人生でいつも大切な人より先に死んでいました。地球での四回目もなおざりにしたわけではありません。ウィンザーに転生してからも、人生がループすると知っていたから甘く見ていたわけでもないのです。何とかしなくては、と、なぜかいつも何とかしなくてならないと思ってしまって。ただ助けようと必死になって後先を考えてなかった、のも事実です。」
「そうか、、、」
「ルベール様は、王族として常に命を危険に晒されてましたが、自分を守り他者も守ることを徹底しておられました。そのための尋常でない努力も知っていました。そしてここぞというところで、つまり今回ですが、ウィンザー世界の全ての民草を救うために命をかけて。、、、、私がその時々で助けようとして突っ走って命を落としてきたのとは全く意味が違います。」
「それには気がついたのだな。」
「はい、人生は一つ一つが選択の連続で何を選びどのように行動するか、、、考えて選んできたつもりが出来ていなかった。いとも単純に命を差し出してしまう考えなしで突っ走る犠牲的行動と、ルベール様の崇高な自己犠牲は同等ではありません。セラフィム様の仰る通りです。」
「ルベールはお前を真に愛していた。彼の言葉をそのまま伝える。」
『出会って二年足らず、だが初めてあった日から恋に落ちた。どんな時も愛おしいと思った。俺にとって生涯でただ一人の女性。だから彼女が生きる世界を守りたい。できることなら生きて戻りたいと切に願っている。しかしそういかないのも私の定めなのだろう。この世界にとってリリエルは絶対不可欠な女神、しかし私は、幸いにして王太子の代わりは弟のアレクとシュベがいる。だから私は安心して前に進める。リリエルは私が人柱となったと知ったらきっと半狂乱になるでしょう。抱きしめて宥めてやりたいがもう叶わない。リルを愛したことを誇りに思います。私が愛したリルは使命と天職を果たせる人だ。だからエルラール義兄上殿、リルを頼みます。この惨事は私が止めます。』
「ブーレ湖に行く前に話したときにこの言葉を託された。」
「っ、、、ううっ、ぁあっ、、、ううっ、、、、」
リリエルの絶叫はもう声にはならなかった。
生命の樹からハラハラと煌めく葉が舞い落ちてくる。まるでリリエルを宥めるように。
長い時間涙を流し続けていたリリエルはその葉に気づくと顔をあげた。生命の樹にはダイヤモンドのように煌めく透明な実がいくつもいくつもいくつも、、実っているのが見えた。
「、、、、、あ、、、、実が」
「見えたか?」
「はい、透明ですがキラキラしています。」
「あれが永遠の魂の実だ。」
ケルビムが手を伸ばし、そっとリリエルの頬に触れた。
リリエルにはケルビムの胸の奥深くに煌めく実があるのが見えた。
「、、、、、あっ、、、、まさか、、、ケルビムさま」
「わかったか?私の身の内にもあの実が存在している。」
「食べたのですか?」
「ははははっ、あの実の意味を知っている天使が自ら食べるはずがないだろう。数十億年生きてもまだ生き続けるなど誰が望むのだ。人生は短いからこそ美しい。私の永遠の命は役目上必要だから主から賜った。押し付けられたとも言うがな。」
ケルビムが微笑む。
「ケルビム様、私はどうすればいいのでしょうか。」
「お前はどうしたい。」
「私は、、、私は、、、、。」
「お前の願いを私は叶えてやれる。だから真に願うことを言いなさい。先に言っておくがお前が死ぬのは無しだ。主が絶対に許さないからそれだけは無理だ。」
「、、、もし、、、、」
「もし?」
「、、、、もし願いが叶うなら、、、、、」
「叶うなら?」
「、、、、ルベール様を、、、助けてください。お願いします。」
「それで?どうしたい?」
「私は、、、ルベール様を、、、お支えしたい、、です。」
生命の樹が一瞬揺れた。
「、、、、、、、、わかった。その代わり約束しなさい。幸せになると。ルベールの妻となり王太子妃となり、子を産み、いずれ王妃となり、ウィンザー世界を邪悪が蔓延らない世界にしなさい。」
「ケルビム様、お約束します。全力をかけてルベール様を愛し民草を愛し、多くの命を守ることを。」
「それで良い、しばしここで待て、セラフィム殿に報告してくる。」
「はい。」
ケルビムが踵を返し飛び立とうとして、振り向いた。
「、、、ケルビム様?」
「、、、リリエル、、、これでお前は私の監督下から卒業だ。息災で。」
「え?卒業?、、、、もしかして会えなくなるのですか?」
「お前は成長した。もう静電気を落とす必要もないだろう。私も忙しい身でな、先ほど言われたように八百八十八の世界を担当している。そろそろ集中したい。では、、、」
「、、、あの、、ケルビムさまっ、エルラールお兄っ。」
リリエルが駆け寄ってしがみつく。
「リル、これで兄役も免除されるな。幸せになりなさい。」
ケルビムがリリエルを抱きしめるように大きな羽で包むと額にそっと口付けた。リリエルは懐かしい香りに安堵していた。
「この香り、、、好きです。」
「天使の香りだ。」
そしてケルビムはあっと言うまに飛び立った。
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