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段ボールに畳んだ服を詰めながら、私は一度、手を止めた。
部屋の中はすっかり片付いていて、いつもより少し広く感じる。
昨日、中学2年生の修了式を終えて、明日、私はここを出る。
歌山県――この能力を制御するために。
(・・・・静かにして)
そう思った瞬間も、頭の奥はざわついたままだ。
この能力――人の思っていることが聞こえる。
最初は偶然だった。気のせいだと思っていた。
でも、気のせいじゃないってはっきりした。
どの範囲まで拾ってるの?
学校で調べた結果、半径およそ三メートル四方。意識していなくても、その範囲にいる人の“思い”が、勝手に流れ込んできた。
今もそうだ。
一階にいる両親の気配と一緒に、感情が滲み出す。
(やっぱり、心配よね・・・・)
(学校を辞めてお寺で修行って・・普通じゃない・・・・)
(でも、あの子は昔から決めたら曲げないし・・・・)
――ねえ、お父さん、お母さん・・
実は私、あなたたちよりずっと年上なんだよ。
そう言えたら、どれだけ楽だろう。
でも言えない。
だから余計に、まどろっこしい。
ダンボールを閉じ、ガムテープで封をする。
その音だけが、やけに大きく響いた。
歌山県に行って、やることは二つ。
一つ目。
この能力を、オン・オフできるようになること。
二つ目。
自分が意図して覗いた相手の思いだけを、聞けるようになること。
簡単じゃないのは、わかっている。
むしろ、相当な訓練が必要だ。
どれくらい時間がかかるのかも、まったく分からない。
それでも。
(私は、必ず身につけて帰ってくる)
その気持ちだけは、揺らいでいなかった。
中学2年の途中で学校を離れる。
普通なら中学中退で卒業証書はもらえない。
でも、私は両親と一緒にお願いをして中学3年分のテストをすべて受けさせてもらった。
その結果、当たり前だけど基準値を超えた。特例として卒業証書はもらえることになっている。
中学生活の1年、空白ができる。
でも、それでいい。
(・・・・まことも基準値超えるだろうから、試験受けたらいいのに、そしたら1年間遊んで暮らせるのにね)
ふと、そんなことを思って、クスッと笑ってしまう。
真実。
あの子は、昔から真っ直ぐで、嘘が下手で。
能力がなくても、考えていることがなんとなく分かってしまうタイプだ。
そういえば、この前、真実の家に行ったとき。玄関に向かう途中、流れ込んできた。
(・・・・付き合いたい)
不意打ちみたいで、心臓が跳ねた。
同時に、懐かしい感じもした。
――ああ、やっぱり。
その時、ふと視線を感じて顔を上げた。
真実のお兄さんが、こちらを見ていた。
【・・・・かわいいな】
(・・・・そっちか)
私は思わず、ため息をつきそうになった。
兄さんに好意を持たれている。
真実は、きっと知らないだろう
(伝えた方がいい?)
(でも・・・・)
少し考えて、首を横に振る。
(知らない方が、いいか)
余計なことまで背負わせる必要はない。
それに私がここを離れる以上、なおさらだ。
外はもう暗くなっていた。
ダンボールを部屋の隅に寄せ、カーテンを閉める。
明日から、私は訓練の日々に足を踏み入れる。
能力に振り回されないために。
誰かの心を、勝手に覗かないために。
そして――
いつか、胸を張ってここに戻ってくるために。
(待っててね・・・・)
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからないまま。
私は、静かに部屋の電気を消した。




