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裕子は、自室で鳴り響くスマホを握りしめたまま、着信画面を見つめていた。
画面に表示された名前は「ともくん」。
それだけなのに、妙に胸の奥がざわつく。
(・・・・なんだろ、この嫌な感じ)
理由はわからない。ただ、着信音がいつもと少し違って聞こえる気がした。
「・・・・もしもし?」
声は、思っていたより普通に出た。
『なあ、ゆうこ、ちょっと進路の話なんだけどさ・・・・』
その瞬間、嫌な予感が輪郭を持つ。
東都。
その言葉が出た途端、頭の中が真っ白になり智大の話が入って来ず、遮るように尋ねる。
「行くの?」
問い返す声は、自分でも驚くほど強かった。
『・・・・行きたいとは、思ってる』
智大の返答に裕子は瞬間的に東都へ行った後の結末が頭の中に流れてくる。
そしてすぐに反応した。
「やだ」
「東都なんて行ったら、どうせ他の女に取られるでしょ?ましてや俳優になるなんて目にみえてるじゃない」
頭の中に流れてきた映像をそのまま智大にぶつけた。
『そんなわけ』
言い訳を聞きたくなかった。
「あるでしょ!」
声が震える。
怒りというより、不安だった。
少し間があいて智大の声が聞こえた瞬間
(あーーっ、ダメっ、この不安、もう止められない)
「嘘つき」
「えっ?嘘つき?何がだよ?」
智大がその言葉を聞いて口調が変わったのが分かった。そして、裕子も同調するかのように変貌する。
「嘘つきじゃん、ともくん私に告白した時、悲しませないって言ったじゃん」
沈黙。
その沈黙が、裕子には耐えられなかった。
(やだ・・・・これ以上この空気に触れてると泣いちゃう)
「ともくんのバカっ」
逃げるように、通話を切った。
電話を切った後、布団に潜り込み体をくの字にして丸くなる
心臓がまだ早鐘を打っている。
(なんであんなこと言っちゃったんだろ・・応援しなきゃ・・・・)
(ともくんの夢、応援してあげなきゃ・・・・)
頭ではそれが正しいことがわかっている。
でも怖くて不安で悲しい。
正と負が頭の中でせめぎ合う。
(私、何やってるんだろ・・・・)
しばらくして、裕子は目を閉じた。
「送り出そう」
そう思った気持ちが、今は確かに本物だった。




