[117]
リビングを出て、ゆっくりと2階へ上がり、真実の部屋の前に立つ。
中学の頃、この扉は、
軽くて、薄くて、
簡単に開いたはずだった。
でも、今は違う。
重たい。
触れるだけで、躊躇わせる。
「・・・・まこと」
「わたし・・・・会いにきたよ」
「・・・・開けて」
返事はない。
何分、そこに立っていたんだろう。
2分くらいだったはずなのに、
もっと、ずっと長く感じた。
何度も名前を呼んだ。
でも、反応はなかった。
(やっぱり、私じゃダメなのかな)
(別れたい、のかな)
「まこと・・・・」
胸が苦しくなって、心の中で真実に発破をかける。
(わたし、高校で・・言い寄られてる男の子、いるんだよ・・・・)
(このままじゃ・・そっちに、靡いちゃうよ・・・・)
自分でも、こんなタイミングで最低だと思った。でも、離れたくないと思うが故の気持ちだった。
私は諦めて帰ろうと階段に体を向けた、
その時。
ガチャリ
鍵の音がした。
「・・・・え?」
恐る恐る、ノブを回す。
さっきまで、頑なに動かなかったノブが、
あっさりと回り、扉が開いた。
慎重にゆっくりと扉を押し開いて中の様子を確認する。
部屋の中は、真っ暗だった。
パソコンのモニターの光だけが、
部屋を不自然に照らしている。
真実は、画面を見つめたまま、
こちらを見なかった。
「・・・・まこと?」
椅子が回転し、
ようやく、こちらを向いた。
「久しぶりだね・・・・まや」
「そこに、座りなよ」
ベッドを指差す。
私は警戒しながら、
部屋を見回しつつ、腰を下ろした。
部屋は、思ったより散らかっていない。
むしろ、整理されている。
それよりも・・・・
真実の姿に、息をのんだ。
体が、削げ落ちている。
顔に、覇気がない。
魂が、抜け落ちたみたいだった。
反射的に声をかける
「・・・・大丈夫?」
聞いたけれど、
答えはなかった。
重たい沈黙。
しばらくして、真実が口を開いた。
「・・・・まや」
「俺たち・・・・別れよう」
「・・・・え?」
いきなり過ぎて、言葉の意味が、理解できなかった。
「・・・・こんな状態だと、
まやに迷惑かけるだけだから・・・・さ」
頭が、真っ白になる。
(・・・・え?、なんで・・・・?)
(私、支えたい、助けたいのに・・・・)
(なぜ、そんなこと言うの?)
「別れよう」の言葉が衝撃的で気持ちを上手く言葉にできないでいた。
なんとか振り絞った、一声
「・・・・なんで?急に?」
「まやは・・・・
俺と一緒にいると、不幸になる」
その言葉を聞いて、何かが、切れた。
「・・・・やだよ。
なんで、勝手に決めつけるのよ」
「勝手じゃない・・
まやには・・・・俺より、いい男がいる」
「だから、それが勝手だって言ってるの!」
私の口調は必死からか強くなる。
しかし、真実の口調は変わらない。
ゆっくりで、重くて、暗い。
「・・・・関成で、言い寄られてる男、いるんだろ?」
息が止まった。
(なんで、知ってるの?)
(誰かに聞いた?)
(関成に知り合いが?)
絶句し、思考が追いつかない。
「・・・・靡けばいいんだよ」
「・・・・話は終わりだ。
帰ってくれないか?」
容赦ない言葉が突き刺さり、
涙が、溢れた。
真実は、椅子を回し、
再びパソコンの画面を見つめ、
マウスをカチカチと動かしている。
その背中が、
とても遠く、冷たく見えた。
そして、私と真実の間に、
分厚い壁が立ちはだかっている。
私は何も言えず、
ただ泣きながら、部屋を出るしかなかった。
お母さんには、何も言えなかった。
家を出て、
どこへ行ったのか、
何をしたのか。
・・・・よく、覚えていない。
ただ、
胸中のぽっかり空いた穴に夏だけど冷たい風が通り抜けて行く・・・・茫然自失である。




