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夏休みが始まって、すぐに私は電車を乗り継ぎ中学時代の地、暁月町へと向かう。
久しぶりの地元にも関わらず、荷物だけでなく、気持ちも身体も重たかった。
私は駅を出ると、そのまま脇目も降らず、真実の家へ向かう。
今日は裕子の家に泊まって、明日帰る予定。
でも、それは建前だった。
(まずは、真実に会わなきゃ)
スマホのLIMOを開き、真実に送った『今日、行くね』のメッセージを確認すると、まだ未読のままだった。
懐かしい道を歩き進んで行くと、目的地である野元家の前に立つ。
そしてインターフォンを見る。
指はそこにあるのに、押せない。
いきなり来てよかったんだろうか。
会いたくないって、言われたらどうしよう。
(でも・・・・謝らなきゃ)
何を?
分からない。
でも、とにかく謝らなきゃいけない気がした。
私は目を閉じて、意を決し、インターフォンを押した。
少しして、ドアが開く。
「・・・・えっ?あら・・?まやちゃんじゃない」
真実のお母さんだった。
「久しぶりね」
「ご無沙汰してます」
私はその場で、反射的に頭を下げた。
「どうぞ、上がって」
そう言われて顔を上げた時、
胸の奥がざわりとした。
(お母さん・・疲れてる?)
それも、ただの疲れじゃない。
中学の時に見ていた、あの明るくて穏やかなお母さんとは、明らかに違っていた。
家に入って、階段を上がろうとすると、
「まやちゃん・・ちょっと待って」と止められた。
リビングに通される。
ソファーに座った瞬間、聞かずにはいられなかった。
「まこと・・いじめにあってたって聞いたんですけど・・・・大丈夫なんですか?」
お母さんは、ゆっくりと首を横に振った。
疲労感が、
悲壮感に変わるのを、私ははっきり見た。
「事件の翌日ね、いったん学校には行ったのよ。
でも、一時間目が終わったあと・・・・
先生に何も言わず帰ってきて、それっきり」
「・・・・それっきり?」
「部屋から、出てこないの」
言葉が、胸に落ちてこない。
理解するのが、怖かった。
「ご飯は?・・ちゃんと食べてるんですか?」
「降りてはこないけど・・・・
部屋の前に置いておくとね、
しばらくしてから、食べた跡はあるの」
一瞬、間が空いた。
「・・・・前みたいな量じゃないけど」
私は、何も言えず、ただ聞いていた。
「一度だけね・・・・」
お母さんが、ぽつりと続けた。
「一度だけ、あの子、喋ったの」
トイレに降りてきた時、遠目で見ていたら、
階段を上がる手前で立ち止まって、こう言ったんだと。
『おかん、心配かけてすまん・・・・
ひとつ、お願いがある・・・・
もう学校には行かないから、退学の手続き、しといてほしい・・・・
学費が・・勿体ないから・・・・』
お母さんの声が震え、
そのまま涙がこぼれていた。
学費が、勿体ない。
その言葉が、
胸の奥に突き刺さる。
私は、恐る恐る聞いた。
「・・・・イジメに対する被害届は?
出さなかったんですか?」
お母さんは涙を拭いながら、
また首を横に振った。
「秀ちゃんが・・父さんがね、
一度だけ、あの子と話をしたの」
「その時に聞いたみたい。
『誰も、本当のことなんか言わないから、出さないでいい』って」
声を震わせながら続ける
「なんで・・・・こんなことに・・・・」
お母さんの切実な言葉に、
部外者の私まで、胸が締めつけられた。
私は、覚悟を決めた。
「・・・・お母さん。
まことの部屋に、行ってもいいですか?」
お母さんは、涙が落ちないように、
少し上を向いてから、
「・・・・反応してくれると、いいわね」
それだけ言った。




