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麻耶は7月に入った頃から、
真実の様子が、少しずつおかしくなっていることに気づいていた。
LIMO通話で話していても、
前みたいに笑わない。
声の張りもない。
「まこと?大丈夫?」
そう聞いても、返ってくるのは決まって、
「うん」
それだけ。
通話が切れたあと、
画面に残った自分の顔を見て、
胸の奥がざわついた。
(・・明らかに、おかしい)
でも、それ以上、踏み込めなかった。
(高校に入って、他に好きな人ができたのかもしれない)
そんな考えが浮かんで、
怖くなった。
もし聞いて、
「そうだよ」と言われたら。
もし、もう必要ないと言われたら。
その想像だけで、
喉の奥がきゅっと締めつけられた。
だから私は、
「元気ないね」とも、
「何かあった?」とも、
ちゃんと聞けない、弱い人間だ・・・・
7月中旬。
学期末試験が始まり、
お互いに忙しくなった。
通話の回数も減り、
メッセージのやり取りも、短くなる。
試験が終わったら、
夏休みに入ったら、
そのときに、ちゃんと話そう。
そうやって、
自分に言い聞かせていた。
夏休みまで、あと1週間。
その日の夕方、
何気なくつけていたテレビから、
聞き慣れた地名が流れてきた。
——西岡高校。
画面を見た瞬間、
背中に、冷たいものが走った。
「本日午後、西岡高校で、
女子生徒が校舎屋上から飛び降りる事件があり——」
頭が、真っ白になった。
真実が、通っている高校。
画面に映る校舎を見て、
心臓が、嫌な音を立てる。
(・・・・まさか)
私は慌てて、
LIMO通話をかけた。
・・・・出ない。
もう一度。
それでも、出ない。
何度も、何度もかけた。
通話履歴だけが増えていく。
メッセージを送る。
「ねえ、大丈夫?」
「今、ニュース見た」
「お願い、出て」
既読は、つかない。
未読のまま、
時間だけが過ぎていく。
(え?・・・・なんで、出ないの?)
胸の奥が、
不安で、ぎゅうっと潰れそうになる。
悪い想像が、
次々と浮かんできて、
止まらない。
私は、震える指で、
別の連絡先を探した。
同じ高校に通っている、裕子。
何も考えず、なぶり書くように、メッセージを送る。
「真実、連絡つかないんだけど、何か知ってる?」
しばらくして、
返信が来た。
短い文が次々と・・
でも、
一文一文が、
胸に突き刺さった。
——真実のクラスの女子が、
——いじめが原因で、
——屋上から飛び降りた。
——その屋上に、
——まことが居た。
——まことも、
——いじめの対象になっていた。
息が、できなくなった。
画面を見つめたまま、
動けなかった。
いじめ?
真実が?
あの、
LIMO通話の向こうで、
元気のなかった声。
「うん」
だけしか返さなかった、あの返事。
あの時、
もう、いじめられていた?
私は、
何も気づかなかった。
気づけたはずなのに。
おかしいって、思っていたのに。
精神的に、
追い詰められていただろうに。
私は、
支えてあげていなかった。
「忙しいから」
「今は聞けないから」
「聞くのが怖かったから」
そんな理由で、
目を逸らしていた。
真実とは、
それからもずっと、音信不通になっていた。
通話も、
メッセージも、
何も返ってこない。
夏休みが始まったら、
会いに行こう。
画面を閉じながら、
私は、そう決めた。
距離なんて、関係ない。
理由も、いらない。
ちゃんと、
顔を見て、
謝りたい。
支えられなかったことを。
一人にしてしまったことを。
間に合うかどうかは、
分からない。
それでも、
行かない理由は、もうなかった。
私は、
夏休みを、待っていた。
不安と、後悔と、
どうしようもない想いを抱えたまま。




