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真実は、自分の席から一点を、ずっと見つめていた。
そこは、かつて晴美が座っていた席。
今は、白い花が刺さった花瓶が置かれている。
今回は救おうと決めていた・・・・
それなのに・・・・
晴美を救えなかった・・・・
その事実だけが、胸の奥を静かに侵食している。
花瓶を見つめていると、
背後や周囲から、声が聞こえてくる。
【なにも、死ぬことなくね?】
【やりすぎたかな・・・・】
【でも、私は悪くない】
・・・・は?
思わず、眉が動く。
(おいおい・・)
(お前ら、今のは声に出して言うことじゃないだろ?)
(なんでそんなこと平気で口に出せるのかねー)
そう思いながら花瓶をボーッと見つめていた。
そんな時、喧騒の声に紛れて聞き覚えのある声が頭の奥に落ちてきた。
【まこと・・・・だいじょうぶかな・・・・】
(・・・・ん?)
(ゆうこ?)
顔は花瓶に向けたまま、
視線だけを、ゆっくりと教室の入口へ向ける。
そこに、裕子が立っていた。
こちらの様子を窺うように、
わずかに身を引いた姿勢で。
なんだ、ゆうこ・・居たのか・・・・
(えっ?)
(あれ?)
(なぜ?)
(あんなところにいる裕子の声が聞こえる?)
真実は聞こえる声を整理し始める。
胸の奥が、ざわつく。
(あれ?今日聞こえていたのは独り言じゃなくてみんなの心の声?)
(今日の朝?)
(いや、昨日?)
(警察署の時から聞こえていた?)
(・・・・あれは、独り言じゃなかった?)
意識を、少しだけ数名に向ける。
すると、
今まで「雑音」だと思っていたものが、
急に、形を持ち始めた。
【めんどうなことになったな】
【でも、もうおわったことだし】
【あいつ、にらんでないか?】
声は重なりあっているものの、意識をしている人の声は雑音の前に出てくる。
どの声の主も、口を動かしていない。
(・・・・嘘だろ。)
心臓の鼓動が、少し速くなる。
俺は、今度は試すように、
意識を一人に絞った。
すると、その声だけが、
はっきりと、頭の中に響く。
口は、閉じたままだった。
「・・・・」
俺は、小さく息を呑んだ。
まさか。
(俺・・聞こえてる?)
(あいつと、同じ?)
真子が言っていた言葉が、脳裏をよぎる。
(心の声が、聞こえる)
(なぜ、今になって)
(なぜ、こんな形で)
理解しようとした瞬間、
周囲の声が、一気に押し寄せてきた。
後悔。
自己正当化。
無関心。
恐怖。
ぐちゃぐちゃに混ざった感情が、
一斉に流れ込んでくる。
「・・・・っ」
思わず、机の縁を掴む。
(違う)
(こんなの、知りたくなかった)
(俺は、まだ、何も整理できていない)
ただ一つだけ、はっきりしている。
これは、
気のせいでも、錯覚でもない。
皆の心の中を、聞いてしまっている。
それを理解した瞬間、
世界が、ほんの少し、歪んだ。
そして俺はまだ、
この力と、どう向き合えばいいのか、
何一つ分かっていなかった。




