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裕子は改札口を出て学校へと向かう、
朝の空気が、いつもと違う
・・・・変だった。
理由はあの事件が原因だ。
いつもと同じ通学路なのに、
足音や話し声が、どこか浮いて聞こえる。
自分の教室に向かっているつもりが、
無意識に8組の教室に足が向いていた。
(まこと・・・・)
あの日、久しぶりに、真実の姿を見つけて、声をかけた。
確かに呼んだ。
でも、振り向いてはくれたが、ニコリとしただけで、そのまま行ってしまった。
あのときの背中が、
なぜか胸に引っかかったままだった。
そして昨日の出来事・・
なにか繋がっているような気がするがなんとも言えないモヤが掛かる。
8組の前にくると教室の入口が開いていたのでそこから中を覗き込む。他のクラスとそれほど変わらない空気に私は違和感を感じる。
教室を見渡し真実を探す。
(居たっ!)
私は真実に歩み寄って声をかけようとする。
しかし
足が動かない・・
声も出せない・・
真実はある机の上にある花が添えられた花瓶をボーっと眺めていた。
真実の周りだけが、時が止まっているようで、私には足を踏み入れられない領域のように感じた。
(まこと・・・・大丈夫かな・・・・)
私はそう思うだけで、8組を離れて自分の教室へ向かった
「おはよー」
慣れ親しんできた教室に入り、自分の席に着きながら、ふと思い返す。
あのとき・・・・
廊下で真実を呼び止めたとき・・・・
もう一歩、踏み込めていたら・・・・
そんな考えを、
そっと胸の奥に押し込める。
後悔と呼ぶには、
まだ早い気がした。
ただ、
胸の奥に小さな違和感が残る。
それが何なのか、
まだ、言葉にはできなかった。
教室の時間は、
何事もなかったかのように進んでいく。
でも私は知っていた。
——何もなかった、わけじゃない。
その感覚だけが、
静かに、確かに、残っていた。




