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朝のホームルームを行うために担任の新谷は重だるく廊下を歩いていく。
教室に入った瞬間、違和感はすぐに目に入った。
一番後ろの列。
吉田晴美の机。
机に残る、消しきれなかった汚れ。
椅子が微妙にずれている。
床には、丸められた紙くずが落ちたままだ。
・・・・またか・・・・
新谷は一瞬だけ眉を動かした。
見なかったわけじゃない。
気づかなかったわけでもない。
だが、教卓に立つまでの数歩の間に、
頭の中ではいつもの思考が回り始める。
(証拠はない)
(騒ぎにすれば、余計に悪化するかもしれない)
(一度注意したところで、収まるとは限らない)
吉田晴美は席に着いている。
俯いたまま、何も言わない。
こちらを見ることもない。
新谷は一度、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「・・・・はい、席について」
それだけを告げ、出席簿を開く。
教室は静かだった。
誰も笑わず、誰も声を上げない。
何事もなかったかのように、朝が始まる。
生徒たちが、各係の連絡事項を皆に伝えている間、窓際に立ち教室内を一望する。
(6月までは非常に良い雰囲気と空気をこの教室は放っていた。担任としても誇らしいくらいに・・7月に入ってからだ、何が起きたのかわからないが良い空気のように見えるがハリボテのような感覚がする。長年クラスを持ち続けているとわかる。これは・・あれだ・・。分かっているが手を出せないもどかしさ、キツイな・・・・)
新谷は窓の外に目をやり、自分に言い聞かせる。
今は、静観しよう・・・・
その選択が、
誰かを追い詰める一歩になることを、
考えないようにしながら。




