[103]
教室に、重たい沈黙が落ちていた。
再生された音声は、短く、途切れ途切れで、
決定的なはずなのに、どこか歪だった。
それでも——
誰も、その違和感に触れようとはしない。
「・・・・で?」
「どう説明するの?これ」
美月が、ゆっくりと口を開いた。
視線は、晴美に向けられている。
だが、その言葉はもう、答えを求めていなかった。
「ちがう・・・・」
晴美は必死に首を振る。
「わたし・・・・そんなこと」
「それ、私・・じゃない」
美月の口元が、わずかに歪んだ。
「じゃあ何?自分の声じゃないって言うの?」
ざわ、と小さな笑いが混じる。
「無理あるでしょ」
「さすがにそれは苦しいって」
誰かの呟きが、連鎖する。
俺は、歯を食いしばった。
(・・・・ヤバい)
(この流れ、知ってる)
前の世界線と、同じだ。
証拠の強さじゃない。
論理でもない。
——空気だ。
「待ってくれ」
俺は、一歩前に出た。
「その音声、おかしいだろ」
「短すぎるし、前後がない」
一斉に、視線が集まる。
「昨日、吉田さんは俺と一緒に帰ってた」
「校舎裏なんて行ってない」
教室に、真と嘘が混ざった空気が渦を巻く。
ほんの一瞬、流れが緩んだ気がした。
だがそれは、押し返せた感覚にすらならないまま、再びこちらを飲み込む。
空気を一喝するかのように、啓子が鼻で笑った。
「・・・・だからさ」
「それ、証拠あんの?」
(晴美と帰った証拠などない・・・・)
(今から作れないか?)
俺は、声を上げて周りに聞く
「だれか、昨日、俺と吉田さんが一緒に帰ってたの見た奴いるよな?」
下を見る者。
窓の外を見る者。
鞄の中を探るふりをする者。
俺を見ている者は視線が冷たい。
最悪の空気感だった
(・・・・あっ、そういうこと?)
啓子が、肩をすくめた。
「ほら、誰も見てないじゃん」
「嘘つくにしても、雑すぎ」
その時だった。
「なあ、野元」
優斗が、俺を見た。
その目には、困惑も迷いもない。
ただ、確信だけがあった。
「なんで、そんな嘘つくんだ?」
頭が、真っ白になった。
「・・・・は?」
「昨日、俺と晴美は校舎裏にいた」
「それ、事実なんだよ」
「お前、無理あるって」
「庇いたいのは分かるけどさ」
——庇う?
「・・・・違う」
俺は、声を震わせた。
「俺は、事実を言ってるだけだ」
「事実だって?」
優斗が、笑った。
「じゃあさ」
「なんで俺の話と、音声と、啓子の証言が揃ってて」
「お前の話だけ、誰も裏取れないんだよ」
その言葉で、決まった。
「・・・・嘘つきじゃん」
誰かがボソっと言った。
「うーそつき!うーそつき!うーそつき!」
声を上げる人数が徐々に増えていきクラスの殆どが合唱に参加する。
笑い声も、混じる・・・・地獄の合唱団
指揮者が合唱を止める合図をする。
「あー、わかった、わかった・・」
「じゃあさー、嘘つき同士でー、付き合っちゃえばー?」
優斗が、冗談めかした声を出す。
その瞬間、教室が笑った。
蔑んだ空気の中、優斗はしてやったり、という顔である。
俺は、その表情を見て理解した。
(・・・・ああ、さっき、みんなの雰囲気を感じた時は半信半疑だったが、今、確信した)
(最初から、俺も含めてだったんだ)
この瞬間、
晴美と俺は"向こう側"に落とされた。
その日からだった。
晴美の周りに無音が棲みついたのは・・・・
そして、
俺も、同じように無音の仲間入りである。
気がつけば、
8組は、完全に一つになっていた。
俺と晴美は
このクラスに
存在していない
という形で。




