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あの出来事が起こる――
前の世界線で、すべてが壊れ始めた日の、前日ーー
・・・・少なくとも、俺は晴美が告白するのは喧嘩の前日、そう思っていた。
ただ、断言はできなかった。
前日だったのか、前々日だったのか。
あるいは、もう少し前だったのか。
前の世界線は気にしていなかったので、いつ告白したのかまったくわからない。
だからこの一週間、
俺はほとんど“監視”に近い形で動いていた。
授業中。
休み時間。
昼休み。
放課後。
吉田晴美と、有田優斗。
二人の距離。
視線。
会話。
立ち位置。
前の世界線で見た「兆し」を、片っ端から探した。
・・・・だが、今日まで何も起きなかった。
晴美はいつも通りで、
優斗も、クラスの中心で笑っていた。
校舎裏に向かう気配もない。
二人きりになる様子もない。
(・・・・ズレてる?)
不安が、少しだけ膨らんだ。
もしかしたら、
もう変わっているのかもしれない。
そう思いかけた、その日の放課後だった。
チャイムが鳴り、教室がざわつき始める。
帰る準備をする者。
部活に向かう者。
誰かを待つ者。
俺は、この1週間が身体に染み付いたかのように視線を動かした。
――見つけた。
廊下の向こう。
少し距離を空けて並んで歩く二人。
吉田晴美と、有田優斗。
心臓が、嫌な跳ね方をした。
(・・・・来たか?)
二人は、特別親しげでもなく、
かといって、距離があるわけでもない。
ただ、目的地を共有しているような歩き方だった。
俺は、少し離れて後を追う。
廊下を歩き、
昇降口へ。
二人は、靴箱の前で立ち止まり、
靴を履き替え始めた。
外に出る。
校舎を出る。
(・・・・間違いない)
考えるより先に、身体が動いた。
「待って!」
声を張り上げて、走る。
二人が、同時に振り返った。
「・・・・野元?」
優斗が怪訝そうな顔をする。
「ど、どうしたの?」
晴美の声は、驚きと戸惑いが混じっていた。
息を整える間もなく、俺は言った。
「吉田さん、ちょっと来て」
「え?」
「今すぐ」
優斗が晴美を守るように体を盾にして真実に対面するために一歩前に出る。
「ちょっと、なんなんだよ」
その視線を、真正面から受け止める。
「悪いけど、有田。今日はダメだ」
「は?」
「話なら、今度にしてくれ」
一瞬、空気が固まった。
自分でも、強引すぎると思った。
でも、引くわけにはいかなかった。
俺は晴美の方を見る。
「吉田さん、行こう」
「・・・・え、でも・・・・」
迷いが見えた。
俺は強行手段を取るために、優斗の後ろにいる晴美の手を握り引っ張り出し、そのまま、その場から走り去ったのだった。
一瞬の出来事で優斗は呆然としてその場から動かなかった。
「ちょ・・ちょっと?野元くん、待って」
晴美は少し抵抗する。
だが、俺の引いて走る力が強く、そのまま引っ張られ続けていた。
走りながら、俺はハッキリ言った。
「今日は、有田と二人でいる日じゃない」
晴美は完全に混乱した顔になっていた。
結局、俺は半ば強引に、晴美をその場から連れ出すことに成功した。
校門を出て、人気の少ない道へ。
しばらくして、スピードを落として歩き、落ち着いてから口を開く。
「・・・・今日さ」
言葉を選びながら、聞いた。
「有田に、告白するつもりだった?」
晴美は、立ち止まり、きょとんとした。
「・・・・え?」
「なんで、私が?」
即答だった。
驚きも、困惑も、作った感じがない。
そんな晴美の様子を見て、自分も困惑しているのがわかった。
「だって・・・・」
混乱する頭で、言葉を繋ぐ。
「吉田さんが、有田を呼んで・・・・2人で歩いてたから・・・・」
「違うよ」
きっぱりと否定された。
「呼ばれたのは、私」
「・・・・え?」
「優斗くんに、『話がある』って言われたの」
頭の中で、何かがズレる音がした。
前の世界線では、
“晴美が呼び出した”とされていた。
でも、今は逆だ。
(・・・・何が、どうズレてる?)
考えても、答えは出ない。
因果が変わったのか。
順序が入れ替わったのか。
それとも――
まだ、別の何かがあるのか。
しばらく考えて、俺は結論だけを選んだ。
「・・・・今日は、行かないで」
「え?」
「理由は言えない。でも・・・・」
言葉に、力を込める。
「今日は絶対、有田と2人で会っちゃダメだ」
「呼ばれても?」
「ダメ」
「連絡が来ても?」
「・・ダメ」
晴美は、ますます分からない顔をしている。
それでも、俺は続けた。
「今日は、真っ直ぐ帰ろう」
「俺が、送る」
沈黙。
少しの間を置いて、
晴美は小さく、か細い声を出す。
「・・・・よく分からないけど・・・・」
「・・・・ありがとう」
その言葉に、晴美も心の中では何か嫌な予感がしていたのかもしれない、俺はそう思うようにした。
そのまま、2人で歩く。
他愛のない会話は、ほとんどなかった。
晴美自宅の前に着き、振り返る。
「・・・・ねえ」
「なに?」
「今日のこと・・・・誰にも言わない方がいい?」
一瞬、迷ってから答えた。
「・・・・うん」
「分かった・・・・」
そう言って玄関に入る晴美の背中を見届けてから、俺は帰路についた。
夕焼けが、やけに赤かった。
(・・・・回避できた、よな?)
確信はない。
でも、
あの“瞬間”は、潰した。
それだけは、間違いない。
この選択が、
何を変えて、
何を変えないのか。
答えは、
明日、分かる。
(ここで・・止まっていてくれ)
そう願いながら、
俺は歩き続けた。




