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ーーバサっ
目が覚めた瞬間、息が詰まって起き上がる。
喉の奥がひりついて、胸が苦しい。
心臓だけが、まだ夢の中に置き去りにされたみたいに、乱暴に音を立てていた。
(・・・・くっ)
薄暗く壁に貼ってあるポスターが見える。
自分の部屋だ。
カーテン越しに、薄く朝の光が滲んでいる。
夢だった・・?
理解するまでに、少し時間がかかった。
——あまりにも、リアルすぎた。
教室の空気。
美月の声。
再生された音声。
晴美の俯いた横顔。
そして――
新谷の、低い声。
『吉田晴美が、亡くなった』
はっきりと覚えている。
夢の中で、俺は確かに、あの場にいた。
ただ、見ていた。
止めれなかった。
何もできなかった。
現実と、なんら変わらない。
布団の中で、身体を動かそうとして、力が抜けた。
少し落ち着き、寝転がり天井を見つめる。
全身が鉛みたいに重い。
汗をかいているのに、指先は冷たかった。
(・・・・夢、だよな)
そう呟いても、胸の奥のザラつきは消えない。
枕元のスマホに手を伸ばす。
画面を点けて、日付を確認した。
6月――。
指を滑らせて、カレンダーを開く。
目が、止まった。
前の世界線で、
あの出来事が起きた日まで――
あと、10日。
(・・・・もうすぐか)
背中を冷たいものが、スッと走った。
偶然じゃない。
ただの悪夢でもない。
前の世界線で起きたことが、
そのまま、夢として再生された。
未来の記憶が、
形を変えて、頭の中に流れ込んできた。
(また、起きるのか?)
問いは、浮かんだ瞬間から、
答えを持っていた。
(起きる)
根拠なんて、ない。
証拠も、論理も、何もない。
それでも、
あの感覚だけは、断言していた。
(・・・・守らないと)
誰を?
どうやって?
布団の上で、天井を見つめたまま、思考を巡らせる。
あの引き金は、何だった?
校舎裏。
優斗と晴美。
密告。
音声。
——接点。
接点さえ、作らせなければ。
(・・・・行かせなきゃいい)
前の世界線では、
あの日、あの時間、
二人は校舎裏にいた。
・・・・なら。
その瞬間を、潰す。
優斗と晴美が、
二人きりになる前に、
俺が、割り込む。
晴美を、連れ出す。
理由なんて、なんでもいい。
用事を作って、離す。
一時的でもいい。
あの日を、越えられれば。
(それで・・・・本当に、変わるのか?)
胸の奥で、迷いが生まれる。
もし、変わらなかったら?
もし、別の形で起きたら?
俺が動いたせいで、
もっと酷い結果になったら?
でも。
何もしなかった未来は、
もう、知っている。
布団の中で、拳を握った。
(・・・・やるしかない)
吉田晴美を助ける
〜YES or NO〜
俺は、迷わなかった。
(YESだ)
『ピコーーン』
例の電子音が鳴り響く。
真実はこの電子音を分析していた。
進む道が合っている時は鳴り、間違っている時は鳴らないのではないかと推測していた。
(今回は鳴ったからこの決断は合っているということだ)
よしっ、逃げない。
見て見ぬふりをしない。
前の俺と、同じ選択はしない。
胸の奥で、何かが切り替わる感覚がした。
まるで、
スイッチが入ったみたいに。
深く息を吸って、
ゆっくり、吐く。
身体の重さは、消えない。
不安も、消えない。
それでも、
目は、もう逸らさなかった。
時計を見る。
まだ、起きるには少し早い。
俺は、もう一度、眠りにつくことにした。
今度は、
逃げるためじゃない。
決めた未来へ、
向かうために。
次に目を覚ます時、
俺は、
動く。
必ず。




