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5月。
ゴールデンウィークを終えたところでの出来事を、俺はふと思い出していた。
——前の世界線の話だ。
あの頃の俺とニッシーは、揃いも揃って彼女がいなかった。今思えば、完全に女性に飢えていたと思う。
「どっちが先に彼女を作れるか勝負な」
そんな訳の分からない張り合いを、本気でやっていた。
入学して1週間ほど経った頃。
部活勧誘が並ぶ場所を、ニッシーと一緒に歩いていた時だった。
俺は、そこで1人の先輩に目を奪われた。
ソフトボール部の二年生。
村田 友紀[むらた ゆき]
当時、ボーイッシュな女優にどハマりしていた俺にとって、村田さんは、ほぼ理想そのものだった。
——恋の落ちる音がした
そんなある日、ニッシーが打ち明けてきた。
「俺さ、中学の頃から好きな先輩がいるんだよ」
名前を聞いて、固まった。
村田友紀。
それから俺たちは、
まるで推し活でもしているかのように、
村田さんの魅力を語り合うようになった。
そして、ゴールデンウィークが明けた、ある日の放課後。
ニッシーの家で遊ぶことになり、2人で歩いていた時だった。
和倉町のコンビニの前に、村田さんが1人で立っているのを見つけた。
俺たちは、反射的に物陰に隠れた。
その時、ニッシーが囁いた。
「・・・・じゃんけんで勝った方が、告白しようぜ」
今思えば、どうかしている・・・・
でも俺は、なぜか乗ってしまった。
そして勝ったのは
ニッシーだった・・・・
俺は思わず声をかけていた。
「ニッシー、やっぱやめとけ、勝算ないって」
俺の言葉を振り払い紫電一閃、ニッシーは走り出していった。
村田さんの目の前に立つと、彼女は「何事?」という顔でニッシーを見る。
しかし、そんなことはお構いなしだった。
「村田先輩、あなたのことが好きです」
「付き合ってください」
村田さんは、困ったような表情を浮かべていた。
その時だった。
コンビニの扉が開き、一人の男が出てきた。
野球部3年で主将、柳田 瑛士[やなぎだ えいじ]
先輩は状況を一瞬で察した顔だった。
村田さんが、告白されたことを正直に伝えている。
柳田の表情が、はっきりと変わった。
「お前、俺の彼女になにしとんじゃ」
次の瞬間、ニッシーは無惨にも地を舐めることとなった。
2人が去ったあと、俺はそっと近づく。
「ニッシー・・・・だから言ったじゃん」
俺はそう言いながら、
(じゃんけん負けてよかった)
そう安堵するのだった。
今なら分かる。
あの頃の俺たちは、間違いなくバカだった。
でも、そのバカな瞬間を一緒に笑える相手ができたのは、悪くなかったと思う。
ちなみにこの出来事、
この世界線では起きていない。
ニッシーが1人で暴走してない限りは・・・・たぶん。




