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その中に、彼女の姿があった。
吉田 晴美[よしだ はるみ]
前の世界線と同じ位置に、同じように座っている。
背筋を伸ばし、机の上に手を揃え、周囲を気にするでもなく、
ただ静かに、そこにいた。
(・・・・いるんだな)
安堵が、確かにあった。
でも、それと同時に、
別の感情が、遅れて胸に落ちてくる。
(・・・・また、起きるのか)
あの出来事。
思い出したくもない光景。
「同じ」という事実は、
安心と一緒に、同じ痛みの予兆も連れてくる。
さらに視線を動かす。
(・・・・ああ、やっぱり)
教室の奥の方に、
見覚えのある顔が、固まるように集まっていた。
(あいつらも、いるか)
気づかないふりをしながら、
俺は自分の席に座る。
すると前の席に座っていた男子が、振り返った。
「おっす、もしかして、この席?」
「あ、うん。そうだけど」
少し間があって、
その男子は、ニッと笑った。
「俺、西。西祥平。よろしく」
西 祥平[にし しょうへい]
名前を聞いた瞬間、記憶の奥にあった懐かしさが溢れ出る。
別の中学だったが、この先、社会人になる前までよく遊ぶことになる。何度もバカやって笑って、くだらない話をして、夜遅くまで騒いで・・
そんな記憶が、断片的に浮かぶ。
(ニッシー・・・・だ)
でも、今はまだ。
いきなりそんな呼び方ができるほど、
俺たちは近くない。
(最初はよそよそしくいかないと・・)
「・・・・野元真実。よろしく」
「マコッちゃん。だな」
(この軽さに最初は嫌悪感を持ったがゆくゆく仲良くなっていくと、これに救われたんだよなー)
しみじみとニッシーの顔を見る。
教室の空気は、当面普通だ。
チャイムが鳴り、担任の新谷が入ってくる。
あの口髭にジャージ姿が懐かしい。
名前が呼ばれ、出席が取られていく。
吉田晴美の名前も、
あいつらの名前も、
滞りなく、同じように呼ばれた。
(・・・・本当に、同じだな)
世界線は、ズレたはずなのに。
それとも、
ズレたのに、ここだけは同じなのか。
世界に弄ばれている感覚を持ちながら、俺は、何となく窓の外を見た。
校庭には、まだ少しだけ桜が残っている。
でも、中学の時よりも、
それが遠く感じられた。
高校生活は、始まったばかりだ。
まだ何も起きていない。
でも、起きないとは限らない。
胸の奥に、小さな棘のような違和感を残したまま、
俺の1年8組、学校生活が静かに動き出した。




