騙された公爵(男)の話
「娘はッ。捕まった……、らしい」
肩で息をしながら、ようやく公爵はそう吐きだした。ラムズは目を見開き、がたと音を立てて椅子から立ちあがる。公爵の体を掴み、震えを抑えながら言う。
「なにを……なにを言っているのです? 彼女は。私が安全なところまで……城下まで送ったはずですよ?」
「城の中に……」
ラムズは公爵から手を離すと、ふらつきながら部屋を歩き、机に手をついて項垂れた。
「嘘だろ……嘘だ」
「私も油断していたんだ、まさか身内に娘を狙う輩がいるとは考えても……いなくて」
公爵は涙ぐみ、繰り返し手で目を擦った。ラムズは呆然としてうわ言のように呟いた。
「私の……私のせいだ。甘かったんだ。すまない、本当に……。どう、詫びたら。ああ。まさか……。そんな、」
ラムズはおぼつかない足取りで移動すると、椅子に腰をぐたりと落とした。空疎な目が床を見つめる。公爵が申し訳なさそうに言葉をつづけた。
「君だけの責任ではない、私たちも……」
だがもう、ラムズには聞こえていないようだった。膝を抑える手は石のように固まり、ぼんやりと開いた青眼からは光が消えている。絶望しきったラムズを目の当たりにし、もう手はないのだと改めて思い知る。悲惨な現状にふたたび胸が蝕まれていく。そうして公爵が肩を震わせ静かに涙を流しているなか、ラムズは瞬きひとつせずによしなしごとを頭に思い浮かべた。
どうせ座るんなら宝飾品のある机の前に座るべきだったなとか、あと何分この姿勢で止まっていればいいのかなとか、意外にも捕まるのが遅かったなとか、そういったよしなしごとだ。公爵は共に絶望を分かちあいたいとでも思っているのか、近くのソファに腰をかけてしまった。これは長くなりそうだ。次に発する言葉はなににしよう。彼女を助けだそうと、無謀な提案をしてみようか。きっと止められるだろうが、助ける素振りくらいはしてやってもいい。
まあそんなことより、早く宝石が見たい。