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バレンタインチョコで遊ばれる話

「えっと、あの……。チョコ作ったんで、よかったら」


 少女はカウンターに座る銀髪の青年へ声をかけた。彼は振り返り、柔らかく眼を細めて笑う。


「ありがとう」


 ぽっと心に花が咲くように優しい笑顔だった。少女は頬を赤らめる。

 だがそこで、酒場にいた周りの客がにやにやとこちらを見ていることに気づいた。

 スワンラの翼を持つ者や、ワイバーンの獣人(ジューマ)らしき女、シープルやポイズスネクの獣人(ジューマ)など、外で歩けば目立つような異形ばかりだ。(はや)し立てようとしているのか、からかおうとしているのか、だがそれよりももう少し邪悪なような──奇妙な視線が背筋を舐める。


 もともと入口から不穏な空気が(ただよ)っていた。むしろ、美しく宝石で着飾ったラムズはこの酒場にいるのが異質なくらいなのだ。

 用事は済んだのだから帰ってしまおうと、別れの言葉を言いかけた。


「一緒に食う?」


 甘い声色が耳をくすぐる。願ってもないことだ。自分のチョコレートが食べたかったわけではないが、一緒に時間を過ごせるのは嬉しい。

 少女はこくりと頷くと、ラムズに(うなが)され隣の丸椅子に腰掛けた。

 ラムズの細い指先が丁寧にラッピングを開く。「かわいいね」と零して、箱を開けた。


「お前が作ったの?」

「うん!」


 ひとつ(つま)んで、彼は口に含んだ。赤い舌をのぞかせる。


「美味しいよ、ありがとう」

「よかった……」


 少女はほっと胸を撫で下ろし、もうひとつ食べるのを眺めた。

 ラムズは目線に気づいて、おもむろに頭を傾げる。銀の前髪が(すだれ)のように流れた。


「お前も食べる?」

「全部ラムズに作ったから、食べていいよ」

「そう? でもせっかくだから──口開けて」


 わかった、と声を出す前に開いていた。綺麗な青眼がこちらを見下ろす。口の中で甘く(とろ)けていくチョコレートと、唇に触れた冷たい温度と、緊張で手が汗ばみ心臓が早鐘を打った。


「美味いよな」

「そりゃあ、作ったんだからわかるよ」


 言葉尻がぎこちなく揺れる。

 自然に笑えているだろうか。彼の前にいるといつも自分でいられなくなる。チョコの甘さは感じられても、ろくに味わえた気がしない。

 ラムズまたひとつ自分の口に放ったあと、彼女にも新しいものを入れた。


「自分で食べられるのに」


 彼は喉の奥でくくと笑うと、「たしかに。でもお礼だから」とまた食べさせる。



 それを数回繰り返して、半分くらいチョコレートがなくなったころだった。


「残り、もう食べてくれる?」


 伺うように視線を落とし、彼はそっと尋ねた。


「たくさん作りすぎちゃったね」

「いや、俺あまりこういうの得意じゃねえから」

「えっ、そうだったんだ……。ごめんね」

「こちらこそ、悪い」


 箱ごと戻されるのかと思ったが、ラムズはまた自分に食べさせようとしているみたいだった。今日ですべてを食べるのは大変なんだけどな。心の中でそっと笑い、ラムズっておかしい、と呟いてみる。

 彼女が口を開くと、ラムズは顎の下に手を当て、親指で下唇をなぞった。


「小さい口」


 指の冷たさのせいか、(あで)やかに溶けていく眼差しのせいか、()らすような(うず)きで脳が(しび)れた。

 ラムズだって十分小さいよ、と思いながら、舌の上で溶けていくチョコレートを味わう。噛んで飲みこもうと、口を閉じようとしたときだった。


「ひゃやあい」


 閉まらない。

 服の裾を掴んでいた手を離し、顎を閉じようと無理やり押した。だが動かない。


「なにしてんの?」


 少女は自分の口を指さし、回らない舌で「閉まらない」と伝えようとする。

 ラムズは心底不思議そうに首を傾げたあと、また新しいチョコレートを摘んだ。


「全部食べてくれるんだろ? 今入れるから」

「え?」


 まだ溶け切っていないチョコレートの上に、また新しいものを入れられた。

 何かがおかしい。

 少女は立ちあがろうとカウンターに手をかけたが、見知らぬ客が彼女の肩を抑えた。


「まあ、待てって。ラムズさんがチョコ食べさせてくれるって言ってんだから」

「い、いあう。あらあ」


 ラムズは面倒になったのか、残ったチョコレートを手に取ると、そのまま口へ放った。異常な速さでチョコレートが溶けていく。

 彼女はどろどろに溶けたそれをなんとか飲みこもうと喉を鳴らすが、奥に流れたのは少しだけだ。


「うい、ああ。うあいい」

「なんて言ってるかわかんねえ」


 カウンターに肘をついて、ラムズが意地悪く笑う。

 いつのまに変わったんだろう。さっきまであんなに優しかった表情が、声色が──青い視線も唇に貼り付いた笑みも、冷然として凍えそうだ。

 彼女はラムズの膝を掴んだ。


「え、ええ! おえあい! あうう、あうええ」


 息ができない。苦しい。喉にチョコレートが詰まって奥に流せない。助けて。

 少女は吐きだすために首を曲げようとしたが、後ろにいた客が無理やり首を押さえつけた。


「ええ、あうう……」


 心臓や脈の音で脳がうるさい。がんがんする。顔全体が冷えてきて、首から上の感覚がない。手足が痺れ、体の力が抜けていく。


「あういえ」


 どうして。


 ラムズは嗤って答えた。


「退屈してたから」


 そこで意識が途絶えた。

 視界が真っ白に染まり、椅子から体が転がり落ちる。口から零れたチョコレートが床を塗り、甘い香りが流れた。



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