見たことのない動物
読んでくださる皆様に感謝。
眠れないと思っていたけれど、心底疲れていたらしい。
気づけば外はすっかり明るくなっていた。
寝ている間に元の場所に戻っているかもという期待は、目を開けた瞬間に消えた。
ハンカチを敷いただけの地面は冷たく固く。
座ったまま根っこにもたれて寝たせいで背中もお尻も痛かった。
でも、とりあえず無事に夜を越せたらしい。
のそのそと根っこから抜け出して立ち上がると、リュックからタオルを出して荷物は根っこに置いたまま湖で顔を洗った。
すっきりしたせいか、少し元気が出た気がする。
湖の底まで見えそうなくらい透き通った水は、
それでも底を見せなかった。
どれほど深いのか見当もつかない。
身を乗り出して落ちたら、と考えると少し怖い。
根っこに戻ってどうするか考えよう。と、立ち上がり振り向いたところで目の前にいた獣と目が合った。
「ヒッ!」
大きい。
途轍もなく。
外見は犬のように見えるが、日本にはこんな動物はいない。はずだ。
だって私の頭よりも上に顔がある。
口も大きい。私なんて一噛みで殺せるだろう。
足の長さが私の胸まである。
逃げたところですぐに追いつかれるだろう。
お姉ちゃんがいなくなってしまって絶望した時には死んでもいいと思ったのに。
いざ目の前に死が現れると、死にたくないという恐怖で足がすくむ。
ガタガタと勝手に震える体をどうしようもなく、ただ犬から目を逸らせない。
なんとか足を踏み出そうとするけど、最初の一歩が出ない。
膠着した時間が続き、あれ?と疑問がわく。
犬はその場を動かず
何かを見極めるようにじっと私を見つめるだけだった。
動けないんだ……。
本来なら真っ白だったのだろう犬の体は血に染まって斑模様に見えた。
緊張を解いたのが分かったのだろう。
私が体の力を抜いたと同時に犬がドッと倒れた。
「うわ!」
どうすべきか迷ったのは一瞬。
「ちょっとだけ待ってて!」
言葉が通じるとは思わないが、そう叫んだ。
根っこの中に手を突っ込み、空になったプラスチックのお弁当箱を掴むと湖にとって返す。
簡単に汚れを洗い流してそのまま水を汲むとなるべく近寄らずにそっと犬の前に置いた。
死にそうなケガをしてまでも湖に来たのは、喉が渇いたからだと思うので。
犬はわずかに顔を上げると、私から目を逸らさずに、匂いを嗅いでから水を飲み始めた。
今の間に逃げよう……。
さっきは思わず背中を見せて走ったが、犬は襲ってこなかった。
なので今度は迷わずに背中を向けて走り出した。
「グァウ」
犬の声がした。
と同時に頭上に影が差し、犬が私の前に降り立つ。
先程まで荒かった息は落ち着き、まるで全てのケガがなかったかのようにしっかりとした足取りで私の目の前まで来ると、お腹に鼻先を押し当て、そのまま私を放り上げて自らの背中に落とした。
「ごほっ!ごほ。イタタ。
何?何で? お持ち帰りされるんじゃないよね⁉︎お礼なら結構です!
おろして〜っ」
私の叫び声は静かな湖に響き渡っていた。




