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マット目線 その2

いつも、いいね!をくださる皆様、ありがとうございます。

小説を書く励みになっております。

「マティアス様!すぐに領主館へお越しくださいますよう!!」


2ヶ月前に産まれたばかりの息子の寝顔を見てニヤけていたオレの元へ騎士が駆け込んできた。

乱暴な足音、礼儀作法にうるさい騎士団員には有り得ない怒鳴るような切羽詰まった声に寝ていた息子が泣き出したが、それどころではない事態が起こったのだとわかる。

急いで上着を羽織りながら、妻のライラに後を任せ家を飛び出した。


「何があった!!」


「話は前領主様よりお聞きください!」


チッと小さく舌打ちしながら騎士の乗ってきた馬に飛び乗り、フロスとガードナーに伝言を頼むと、しばらく戻っていなかった我が家に向かって走り出す。



領主館に着くと、外でオレの到着を待っていた執事長の息子のケインが


「こちらへ」


と足早に歩き出した。

馬を騎士に託して、ケインの後ろをついて行く。


向かう先は、オレたちの部屋がある区画。

嫌な予感に手を握りしめながら室内に足を踏み入れると、祖父が鎮痛な顔でベッドを見ている。


「マティ兄上!」


末の弟が泣き腫らした目でオレの名を呼んだ。


「来たか、マティアス」


祖父の側へと足を進めて初めてベッドがよく見え、思わず息を呑んだ。



頭から胸元にかけてグルグルに巻かれた包帯。

苦しそうな荒い呼吸。


「…レイフォード!」


呻くようにすぐ下の弟の名を呼ぶ。


「何があったのです!何故こんな……」


食いしばった歯から抑えきれない感情が漏れる。


「………向こうで話そう。…トライゼル、お前もおいで。少し休まないとダメだ」


末の弟はその場を離れるのを嫌がったが、人がいるとレイフォードがゆっくり休めないからとみんなに説得され、おとなしく付いてきた。そのままトライゼル付きの侍女に促されて自室へと戻っていく。

が、ふと足を止めてこちらを見ると


「マティ兄上は今日は泊まってくれますか?」

と、不安そうな顔を見せたので安心させるように笑い、しばらくはここにいると約束した。 



応接室に通されると、座ったと同時に温かいお茶が目の前に置かれる。

祖父は一度だけ口をつけると、カップをテーブルに戻してオレを見た。


「端的に言えば痴情のもつれだ。相手側の一方的な、な。」


あぁ、とため息が漏れる。

さもありなん。


オレとトライゼルはどちらかと言うと父や祖父に似て武人らしいがっしりとした体格で、野生味の溢れる男前だと言われている。


だが、次男であるレイフォードだけはルードの特徴がほとんど出ておらず、母や祖母の血が濃く出ているのだ。

鍛えても兄上のようにならないと悔しがっていた細身の体にはしなやかな筋肉。剣の練習で日にあたっていてもあまり日焼けしない白い肌に、切れ長の目元。スッと通った鼻筋と口元にうっすらと浮かべる笑み。子供の頃は女の子に間違われるほどの美少年だった弟は弱冠18歳にして、壮絶な色気を纏う美形へと成長している。

そんな弟は、子供の頃から年齢問わず女性にアプローチをされ続け、拉致未遂、夜這い、薬と手段を問わない悪質な者までいたのですっかり女性嫌いに成長してしまった。…当然だがそいつらにはきっちり報復済みである。


女性相手となると必要以上に心を閉ざす彼がまともに会話をするのは母と祖母、オレの妻ライラだけとなってしまったので、どうしても出席しなくてはならないパーティの時にはオレかライラが常に弟についていることになった。そのせいでライラへの悪意、嫉妬が膨れ上がり、幾度となく嫌な思いをさせている。

幾人かの令嬢に取り囲まれ、ワインを頭からかけられた時には兄弟で揃って頭を下げたが、


「侍女をしていた頃は王都でもっと壮絶で陰湿な女性同士の争いを見てまいりました。このくらいは可愛らしいものです。小動物がキャンキャン吠えたところで微笑ましいだけでございましょう?ご心配なく」


と、ニッコリ笑われた。

わぁお……


ライラの言葉に甘え、文句や罵声だけの女は見逃した。だが、彼女に実際に危害を加えようとしたものは容赦なく潰す。

例え後継から外れていようと、オレがルード家に籍を置く以上ライラは、マティアス・ルードの妻でありライラ・ルードなのである。

貴族が舐められるわけにはいかない。



「それでどういうことなのです?」


祖父に詳しく話を聞く。


レイフォードは次期ルード侯爵家の後継として、貴族の社交パーティに出席していたらしいのだが、女性嫌いもあっていまだに婚約者がいないことは知られている。

一方、女性にしてみれば、裕福で超絶美形の次期侯爵の夫人の座は誰を蹴落としても手に入れたいものであるらしく、結婚相手を探している令嬢たちがいつになくグイグイと迫っていたらしい。


レイフォード自身は誰に対してもほとんど無視を貫いていて、挨拶などの最低限の会話はするが、女性に関してはダンスも拒否、会話も拒否で徹底していたのだ。

それに気づいた女性たちは1人また1人と離れていくが、それが伝わらない非常識な令嬢はどこにでもいるようで、どこぞの伯爵家の娘がレイフォードに付き纏って離れなかった。

レイフォードの方は完全にスルーしていたのだが、それすら気づかずに一方的に話し続け、しまいには帰ろうとしたレイフォードと共にルード家の馬車に乗り込もうとしたらしい。それを御者に止められて逆ギレし、自身の家の名を持ち出してクビを言い渡したのだとか。


「それはまた頭の悪い令嬢ですね。」

家名を出した以上、その件は伯爵家の人間が侯爵家の人事に口を出したという形になる。


「うむ。…それに関しては後日、伯爵に抗議の手紙を送って謝罪ももらっているのだがな。」


その令嬢、父親からかなり叱責を受けたにも関わらずパーティの度にレイフォードの前に現れるようになると、他の令嬢を追い払い、まるで自分が婚約者であるかのように振る舞い始めた。


レイフォードの方は令嬢の存在ごと完全に無視し。代わりに母がやんわりと非常識を咎めても、「レイフォード様のことは私にお任せください。お義母様はそろそろ子離れをなさっては?」

と返される始末。


伯爵家に2度目の抗議の手紙を送るころには、向こうは娘の言葉を信じていて、娘とレイフォードが恋人同士だと思っていたらしい。

どういうことか?と問い合わせが来たので、ことのあらましを伝えると、真っ白な顔になって「金輪際、ご子息の前に姿を見せないようにいたします」と汗を拭きながら何度も頭を下げてきた。


それからはその娘に周りをうろちょろされることもなくなり、社交シーズンも終わってこちらへ戻ったのだが、その矢先のこと。


レイフォードと母が、母の買い物に付き合う形で街へ出た折に護衛が突然倒れた。と、同時に母に向かって何かが投げられたのをレイフォードが咄嗟に剣で払ったのだが、衝撃で器が割れ中身がレイフォードの頭近くで飛散した。


投げられたのは、バジリスクの毒。


犯人は例の娘と雇われた魔術師で、魔術師が護衛の騎士の足止めをし、娘が器を投げたらしい。

その後2人とも捕えられ、拘束されている。


娘の方は、「自分とレイフォードを引き裂く性悪な義母の顔を潰してやりたかった。2度と人前に出られないようになればレイフォードとの仲を邪魔されなくなる」

というようなことを喚いていたらしいが、

自分の投げた毒がレイフォードの顔を焼くのを見て、気が狂ったように泣き叫んでいるのだとか。


魔術師は、

「自分は金で雇われただけ。貴族を襲うとは聞いてない」

の一点張りだそうだ。


こちらはおそらく極刑になるだろう。

貴族を襲っておいて、知らなかったでは済まされない。


急ぎ館へ戻った母から事情を聞かされた父は、有名な薬師や治癒師の手配、今回の件の始末に奔走している。祖母はショックで倒れて寝込んでおり、母もさっきまではレイフォードの部屋にいたのだが、今は少し休んでいるらしい。


用意周到な事に、領内にいる治癒師が娘の潜伏先である郊外の屋敷で遺体となって発見されている。

バジリスクの毒は特殊であり魔術具にも使われるほどの強毒でもある。すぐに解毒、治癒を施さないと命の保証はなく、また命が助かっても完全に治せなくなってしまう。

知ってて選んだとするなら、その娘の執念と底意地の悪さが透けて見えるというものだ。


「娘は?」


「ルード家の者を害そうとしたのだ。ただですますつもりはない。」


頷いて、片手で目を覆う。

オレが後継者から逃げたせい…などと自己憐憫に陥るつもりはないが、オレがそばにいれば、という気持ちは無くならない。


祖父は、そんなオレを見透かしたように穏やかな声をかけてきた。


「狂人の考えは我らには想像もつかん。そなたの母によると、あの娘の言動はその場にいたものにしか分からぬほど常軌を逸していたらしい。…だから自分を責めるなよ。………さて。わしも今日は休ませてもらう。そなたはどうする?」


「……もうしばらくレイフォードについていてやりたいと思います。」


祖父は軽く顎を引くとオレの肩に触れ、部屋を出て行った。


オレは深く深くため息をついて、長くなりそうな夜に想いを馳せると、レイフォードの部屋へ向かう。



2日後、薬師と治癒師が到着し、レイフォードの体から毒が消えたが、その顔には一生消えない火傷(やけど)の跡が残った。





次話でマット目線が終ります。

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