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アパートに帰ると、子和弘が待っていた。
「おっちゃん、今日はもう外へは出ないの?」
「おう!今日はドレスと着物を買い取りして来たぞ」
「どんなのを買って来たの?」
「これだよ」と言いながら紙袋からオレンジのドレスを取り出した。
子和弘はドレスとかにそこまで興味はないんだろうが、これからドレスの写真を撮るので、そっちのが気になるみたいだ。
写真は、カタログに追加するために撮るんだが、素人が撮るので知恵を絞らないと綺麗でキャッチーな物にならない。つまりカメラの腕はないが、その他の部分で工夫してなんとか胡麻化そうとういう訳だな。
高山さんに渡した2着はお直しが終わるのを待っての撮影となる。
トルソにすると味気ないのだが、モデルを雇ったり、カメラマンを手配する事は出費が嵩むから無理なのだ。しかも、今の商いの規模は、そんな必要もないくらい小さいのだから。
最初、母ちゃんにモデルをしてもらおうと頼んだが、「いやよ。写真と言えど、首で切れる様なのは縁起でもない。それに、私より小さいサイズの服は誰に着てもらうの?これなら、ちょっと高くてもトルソを1台買えばいいじゃない」と宣られた。
顔を晒した写真をカタログとして配布するのは恥ずかしいと、母ちゃんからNGが出たため、苦肉の策として首から上は映らない様にしようと言った俺への抗議だった。
母ちゃんの言うことも一理あり、サイズ違いのものがある度にモデルを手配することは現実的ではない。結局はトルソを買って代用する事に落ち着いた。
一着のドレスで前と後ろから複数枚撮る。幸い家の壁は白く背景にするには良かったし、白っぽい服の時は濃い色の無地の生地を壁に押ピンで止めて、服が浮き立つ様に配慮している。まぁ、出来上がった写真は背景が入り込まない様に綺麗にカッターで切り抜くんだから、そこまで気を遣う必要はないのかもしれないが、まぁ、気持ちの問題かなぁ。
切り抜いた写真は、色台紙の上に見やすい様に並べ、綺麗な紙やリボン、フェルトペンを使い、この世界ではまだ多用されていないパワーポ〇ント的なお洒落なデザインにするんだが、この装飾をするのが子和弘の楽しみでもあるらしい。
母ちゃんに厚紙を切り抜いてステンシルのパターンを数枚作ってもらっているので、パ〇ーポイント的なデザインも印刷したかの様に綺麗に見える仕上がりになっている。
厚紙の切り抜きなんていうのは、がさつな俺がやるよりは、手先の器用な母ちゃんの方が適任だしな。
しかも俺の頭の中にあるのは平成や令和のテンプレートの柄だ。今は昭和58年なので、令和的なデザインは尖がったおしゃれなデザインに見えるのだ。
出来上がったばっかりの加工された色画用紙は手作り感満載なのだが、これを印刷屋で刷ってもらうと、結構ちゃんとしたカタログの様に見えるのだ。
カラーコピーも考えたのだが、この頃のカラーコピーの品質は全然良くないし、値段もそれなりにする。それよりは多少高くついても印刷してもらった方が、女の子たちのレンタルドレスに対する印象が良くなる。はずだ!
それにブランディングするために、消しゴムを削って作った蓮の花マークをすべてのページにペッタンペッタンと押している。消しゴム印も馬鹿にならない。
これでお水の女の子たちのレンタルドレスは蓮の花マークって周知できたら万々歳だ。
最初から大量のドレスを購入して立ち上げているのではないので、服は順次増えていく。
なのでカタログを製本してしまうと、頻繁に作り直さなければならなくなる。
それではかなりの出費になるので、ニューフォルダーと呼ばれている、今で言う、クリアファイルを大量に購入し、それに印刷屋で刷ってもらったものを入れ、枚数を増やしていく方法を取った。
「かっちゃんのアイデアってすごいよね。どうしてこうやってポンポンいろんなアイデアが浮かぶの?私、こんな文房具があるって知らなかったよ」と最初にこれを使おうと母ちゃんに見せた時、どうやって使うのか思いもつかなかったらしいく、説明を聞いた後にニューホルダーを持ち上げてニッコリ笑った顔が印象的だった。
「俺ってすごいんだ」なんて、横で子和弘が自分の手柄の様に胸を張ってるがなんか小憎らしくて可愛い。頭でもさすっておこう。
まぁ、令和の時代では、クリアファイルなんて百均で簡単に手に入る文具だけれど、この時代にはまだ一般的ではなかったのである。
ましてや会社とか縁のない母ちゃんが使う文房具は少ない。自分が知らない物を使いこなす俺を見て、さそがしできる奴と思った事だろう。ふふん。
最初、あまり発注がなかったが、母ちゃんが知り合いを中心に営業して、今ではカタログを置いている店は30軒くらいに増えている。
開業当時は売れない娘たちが衣装代を浮かすためにチラホラ借りてくれていたが、4万円で月4着までレンタルできる会員制を取ったら、徐々に契約する女の子が増えて来た。
毎日来る客は稀なので、4日や5日、同じ服を着ていてもバレないという前提がある。しかも、冷暖房完備の環境下で1日に数時間しか着ていないので、そんなに汚れるわけでもない。ドレスであっても学校の制服の様な感覚で着ている娘もいる。手持ちの服とレンタルの服を交互に着たりするケースも珍しくない。だから、1着あたり1万円かかったとしても数日間着れるので、そんなに高い訳ではない。それにあまり頻繁にレンタルされると、今度は配達が追い付かないというのもある。だから月4着と決めた。
用意できるレンタル用の服もまだまだ少ないし、持ち逃げ対策も兼ねて、一度にレンタルできるのは1着のみにしている。
『飛ぶ』事への対抗策は、まだ思いつかないので、安い服ばかりなのだが、それでも色んな服を着れるということで徐々に人気が出ている。
早く持ち逃げ対策を立ち上げて、新品の服や、ブランド品、着物などの貸し出しを始めたいものだ。
そうすれば一気に事業の規模が拡大される事だろう。
月4着で4万円は高いのでは?という意見を頂いたので、本文中に解説的な部分を加筆しました。