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「ここ!首の所が少しダレてるし、裏から見ると生地に傷みもあるんだよな。こういうのってどうやって直せる?」

「そうですねぇ・・・・。同系色の布を当てがってビーズとレースで装飾してみたらどうでしょう?そうしたら表から見た時、別布を使ってる事が気にならないと思いますし・・・・何より華やかになります」

「うん。じゃあ、それでやってみて。ビーズやレースを買ったら領収書貰って来てね」

「はい」

「立て替えるお金はあるの?」

「大丈夫です」

「材料費とかで立て替えが難しい時は遠慮なく言ってね」

「はい。ありがとうございます」


 高山さんは控え目な性格で、声も少し小さい。

 だから打ち合わせの時は聞き取るためについつい顔を近づけてしまうのだが、その度に飛びあがって驚かれる。

 まぁ、慣れてもらうか、もっと大きな声でしゃべってもらうしかないなぁ。



-- クラブ 『フィラデルフィア』--

 店の女の子用控室は、白い壁の二面がロッカーで埋め尽くされ、もう一面にはドア横の壁に長方形のウォールミラーが3枚貼ってあり、公衆トイレで良く見かける白い陶器の手荷物棚が鏡毎に備え付けられている。

 最後の一面には窓が占めているが、その横の壁には女の子たちの成績表が貼ってある。窓を挟んで反対側の壁には女の子たちの成績表や『人の悪口は言わない』や『挨拶を忘れない』とか『お客様の個人情報は絶対に漏らさないこと』などという注意事項がたくさん貼ってあり、殺風景なことこの上ない。


 部屋の真ん中には会議室などで良く見る折り畳み式の長テーブルを横に3つ並べて大きな一つのテーブルとして置いてある。

 壁の鏡は立ったまま使うため、比較的新しく店に入って来た女の子等、店の中でも力関係が弱い娘が使うが、このテーブル席は昔から店にいる娘や売れっ子が使う。座ってゆっくり化粧できるからだ。

 これはフィラデルフィア特有の決まり事で、普通の店は、力のある者が常設の鏡を使うらしい。


 横田 楓、源氏名千鶴子は、大人になった息子だという男が作ったカタログを手に「たまちゃん、これね、新しく始めたんだけど、好きな洋服があったら言ってくれる?空いていたら貸し出せるから」と営業を始めた。

「何なに?千鶴ちゃん何か新しい商売始めたの?」

「うん、小遣い稼ぎなんだけどね、いろんな人からドレスを買ったから、少しでも出費を抑えたくて、信用できる人に貸そうかな~って」と同じ派閥のたまちゃんにカタログを広げて見せる。

 フィラデルフィアでは3つの派閥が出来ており、派閥内のメンバーの仲はすこぶる良いのだ。


「あああ!この赤いドレス素敵ねぇ。サイズとかはどうなってるの?千鶴ちゃんと私のサイズって微妙に違うでしょ?」

「大丈夫。よくある2サイズで集めたから、この赤いドレスはたまちゃんのサイズだよ」

「えええ。なんかすっごくこのドレス素敵に思えて来た」

「お店と一緒で1週間1万円なんだけど、日割り計算したらそんなに高いお値段じゃないと思うの。レンタル代とは別にクリーニング857円だけ余分に係るの。でも、その方が、自分が袖を通す時に、ちゃんとクリーニングされてるって分かって気持ちいいでしょ?」なんて堂に入ったセールストークを展開する。


「お店と同じ料金なんだぁ~」とたまちゃんの声のトーンは少し落ちる。

「でも、お店に置いてあるのはクリーニングなんてされてないし、服もそんなに選べないけど、このカタログにはサイズが合うのは結構あるから、いろんな服を選べると思うんだけどねぇ」とカタログのいろんなページを見せる。


 カタログの表紙と裏表紙、服の写真が載っている各ページには睡蓮の花のマークが付いている。店名も考えているのだが、まだ千鶴子の小遣い稼ぎという体を崩したくないので、店名はどこにも書かれていない。が、後発のレンタルドレス事業者が出る事を想定して、レンタルドレスイコール睡蓮のマークというのを客に刷り込むべく、大人になったという息子が何度も描き直しつつ作ったのだ。


「確かに髪だけでも出費がスゴイから、服を借りれば洋服にかかってたお金を節約できるものね。それだけでもありがたいよ。私も早く上客を捕まえないと。お客のウリカケにビクビクして、出費だけに神経をとがらせててもねぇ・・・。よし!女は度胸よ!」と脈絡の無い事を言いながら、結局たまちゃんはこの赤いドレスを明日から1週間借りてくれた。店で働く事はお金が入ると同義なのだが、同時に出費がある事とも同義なのだ。嵩む出費に喘ぐたまちゃんを見て、千鶴子は、これは商機だと声を掛けたのだ。

 こんな風にして千鶴子経由で、銀座の夜に細々と睡蓮印のレンタルドレスのカタログが広められていく。


 商売としては銀座の全ての店にカタログを置かせて欲しいのだが、あまり大々的にしてしまうと、頬に傷のある男たちが乗り出してくる可能性もある。一ホステスが小遣い稼ぎで細々とやっている分には目をつぶって貰えると思うが、事業としてやっていると思われるのはもっと商売が大きくなってからの方が都合が良い。なにせ彼らは、千鶴子よりも資金力があり、もし同じ事業に大々的に手を出されると、自分たちの小さな事業なんてすぐに潰される可能性がある。そんな事態を避ける事ができるならば、できる事はしておきたいのだ。

 そんな事もあって、千鶴子の知り合いとか、他店に移った元同僚とか、そのまた友達といった具合に、カタログを配る人は限定していた。


「ねぇねぇ、着物のレンタルはないの?」なんてリクエストも最近では出てきている。

 まだ、着物に手を出すまでの儲けは出ていない。今は少しでもドレスの数やサイズ、種類を増やす事が肝要なのだ。行く行くはドレスもスーツもいろんなサイズのものを取り揃えたい。

 着物やブランド物はもっと資金繰りに余裕が出る様になってから。

 後、夜の住民独特の『飛ぶ』についての対策が出来てからでないと怖くて高い品物は貸し出しができないっていうのもある。


 女の子たちの中には、無断欠勤する事に抵抗が無い娘もいるし、店に何も言わずに勝手に辞めてしまって、店側が連絡を取ろうにもいなくなってしまう、つまり飛んだりする娘も少なからずいる。無断欠勤の方は、この商売には関係はないが、飛ばれてしまうと損失が出てしまう。貸したドレスが戻って来なくなるからだ。

 お店の方も飛んでしまった女の子が銀座やその周辺にいれば追い立てるけれど、東北とか関西とか、近場でない場合は追いかける事すらしない。

 それくらい『飛』ばれるのは面倒事なのだ。


「あ、そうそう。たまちゃん、他の店で働いている友達とか知り合いがいたら、このカタログを渡してもらえないかな?」

「私、銀座にあんまり知り合いはいないけど、2人だけで良いなら、前の店の同僚がいるよ」

「二人とも同じ店で働いているの?」

「ううん、今は私たち3人とも別々のお店だよ」

「じゃあ、これ」と言って、千鶴子はカタログを2冊たまちゃんに手渡した。


「貸出だけじゃなくって、古くなったお洋服とか、新しいけどもう着なくなった服の買い取りもするから、たまちゃんもだけど、お友達二人にも借りなくても、服を売ってくれるだけでいいから考えておいてって声を掛けてくれるかな?」

「声掛けるだけでいいなら、問題ないよ~」

「ありがとう」

 こうやって横田家の始めたレンタルドレスの事業はゆっくりとだが動き始めた。


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