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「今までもたまに店の女の子同士でドレスや着物の貸し借りをしてると思うけど、どう?皆、時々借りてそう?そうでもしないと衣装代が嵩むから、結構借りてる人いると思うんだけど・・・」日が変わって、もっと事業の話を詳細に詰めるため、今日はお昼を過ぎた頃から母ちゃんと打ち合わせだ。場所はいつものちゃぶ台を囲んだこのアパート唯一の部屋だ。


「う~ん。友達同士では交換したりするけど、店のは新人さんが服を揃えるまでとか、着ていた服が破れちゃったり汚れちゃったりして急遽服が必要な時くらいしか借りないかなあ」

「大抵の店にも少しならドレスは置いてあるが、数も少ないし、前に働いていた女の子が置いていったドレスだからサイズだってマチマチだろうし、着られる服も少ないだろう?店では週1万円くらいで貸し出してくれてたと思う」

「え?何で知ってるの?」

「昔母ちゃんから聞いた事があるからな」


「週1万で給料からの天引きだったと聞いているよ。それとは別に同じくらいの金でレンタルのドレスとかあったら借りると思わないか?」

「え?知り合いじゃなく誰が着たか分からない服っていうこと?」と眉間にしわを寄せてあまり乗り気ではないようだ。

「毎回、クリーニングに出せば、前に誰が着ていようが関係ないと思うけどな。結婚式場のウェディングドレスだってレンタルだろう?」

「でも、ドレスやまして着物は高いよ。レンタルする程の量の服、どうやって手に入れるの?」

「最初からたくさんの服がなくてもいいんだよ。儲けが出始めてから徐々に増やせばいいんだよ。今は、引退を考えている女の子から手持ちの服を安く買ったり、もう飽きるほど着たドレスを安くても良いから現金に換えて、新しいドレスを買う足しにしたい娘もいるだろう。そういう人から買うんだよ。もちろん、少し利益が出始めたら潰れた洋装店や反物屋なんかから安く買い上げる事だって可能だろうしな」

 

 母ちゃんは無言になった。目の焦点は俺の方に向けているが、俺を見ていない感じでしばらく固まっていた。恐らく考えているんだと思う。


「レンタルするドレスも、クラブで働いている女の子のいらなくなったドレスを買い取りするつもりだし、同じ店でなくても別の店の娘からも買い取りたい。例えば前に一緒に働いていて今は他の店にいる知り合いとかに広く問い合わせたら、夜働く事を辞める女の子の情報とかは結構いろいろ入ってくる気がするから、新品を買うんじゃなくて、そういう女の子たちの古着で元手を少なくやってみたらどうかな?」


 母ちゃんはまたしばらく動かなくなった後に、ゆるく頷いた。

「わかった、最低限のお金しか投資できないけど、かっちゃんのアイデアで商売をはじめてみましょう」と、思い切った様に、今度はしっかり俺の目を見て力強い声で言った。

「ただ、最初はできるだけ少額の投資で、始めてダメそうならすぐ辞める事を約束してね」とちゃっかりと釘も刺された。


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「かっちゃん、『白いユリ』っていう3丁目のお店の『めぐみ』って娘が辞めるんだって」と、店から帰るなり、母ちゃんが言って来た。子和弘は既に眠っている。

「わかった。明日、行ってみる。母ちゃんの伝手の方からも、明日店が始まる前に、俺が店に行くって言っといてくれないか?」

「うん、分かった。どっちにしても、2・3日中に和ちゃんが服を買い取りに行く事は、もう先方には知らせてあるから、万が一連絡が行き違いになっても大丈夫。」


 レンタルドレス事業の方だが、先々週開始した。

 この事業を思いつく前、俺も履歴書のいらない職場、つまり夜の職場で働く事を考えた。だって収入は2人分になるからね。でも、夜に子供を一人にしたくない母ちゃんのたっての望みで、やるなら昼間の仕事にして欲しいと言われた。昼間働くのが難しければ、家事をしてくれれば良いと。


 でも、ある日、パパっと閃いたんだよね。低い初期投資で出来る事業。お水の女の子専用のレンタルドレス。他のみんなは知らないが、後数年でバブル景気が来る。バブルの一番の恩恵を受けた場所は銀座だ。あぶく銭を持った男たちが湯水の様に金を使い、夜の蝶たる女の子たちも高いドレスやスーツを着て、突然の好景気を甘受するのだ。だから、この事業は失敗することはないんじゃないかと思ってる。まぁ、この世界も俺の世界と同じくバブル景気が起こればだけどね。


 好景気になって、レンタルする必要がない程稼ぐ女の子たちも多数いるが、周りが好景気でも客が付かない女の子たちは少ない収入の中、何とかして見劣りのしない服を着て店に出るしかないのだ。需要はあると思っている。


 今のところ俺は事業開始の準備が終わり、ドレスの買い取りと配達と家事しかしていない。

 配達は電車や地下鉄を利用している。だって、俺の免許証、ここでは有効じゃないからね。だって交付日が令和だからね。昭和じゃないからね。警察に見せても「なんじゃこりゃ?」になると思う。


 今、ドレスは一般的な2サイズ中心で集めており、30着強ある。極端に背が低かったり、高かったり、痩せてたり、太ったりしてる女の子にはまだ対応できていないが、とにかく最初は1人の人が複数のドレスやスーツをとっかえひっかえ出来る状態にしたいので、買い取りサイズをできるだけこの2サイズ中心にした。


「また、使い古された服ばっかりかもね~」と母ちゃんが言うが、「使い古されていれば、高山さんにお直ししてもらえばいいし、買い取り価格もぐんと低く抑えられるから俺的には良いと思うぞ」と俺が言うと、母ちゃんも頷いている。

「だけど、高山さんと知り合えて良かったね。仕事が丁寧だから、古い服もお洒落に生まれ変わって、私が見ても素敵な服に見えるよ~」

「母ちゃんのお墨付きがあると、俺も安心してレンタル事業できるよ。しかし、本当に高山さんと知り合えて良かったよ」


 最初に買い取ったドレスの中には古くて手直しが必要な服も少なくなかった。

 ただ、それだけに買い取り価格は低く済んだのは怪我の功名。

 洋服の修繕を頼みたいという張り紙を電信柱に張り出した所、月島に住むこれまた母子家庭の女性が連絡を取って来た。高山さんと言って、髪を後ろでひっつめにした野暮ったい女だったが、5歳の女の子を抱えており、裁縫しか収入の手段がないため、どんな無理でも大抵聞いてくれる、俺たちにとってはありがたい人だ。


 最初、試しに1着頼んでみたところ、丁寧な仕事だったのと、安い値段でも嫌がらず請けてくれたので、それ以降は彼女に直しを頼んでいる。

 高山さんは新橋から少し離れた月島の近くに住んでいるが、たまにこの辺に住んでる客に出来上がった仕立物を持って来る事も結構あるらしく、俺の張り出した張り紙もそういった機会に見かけたらしい。


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