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 令和で所持していたお金は、昭和のお金とは違うから、腹が減っても何も買えない。

 今の俺は聖徳太子なんて持ってないからな。

 俺の戸籍は子和弘の戸籍で、見た目が戸籍のデータと大きく違うし、何より未成年の戸籍だから、アパートを借りたり、会社勤めする事は難しい事を懇々と説明し、とにかく母ちゃんと子和弘のアパートに一緒に住まわせてもらう事にしたんだ。


 あの晩、母ちゃんがアパートに帰って来てからも説得するのが大変だったが、母ちゃんには俺が和弘だってことが、俺たちの体の特徴の一致とか、いろんな質問に答える事で分かってもらえたんじゃないかと思う。

 だから、渋々ではあるが、アパートに住まわせてもらえる事になった。


 母ちゃんは大人になった俺についても色々と質問して来た。

 どんな仕事をしているのか、家族はいるのかとか・・・。

 恐らくまだ俺を疑っているって事もあるのかもしれない。とにかく質問が多かった。

 家族については、母ちゃんが既に鬼籍に入っている事を伝えたくなくて、あまり答えたくない雰囲気を纏わせ、独り身である事を告げたので、それ以上深くは追求してこなかった。

 仕事については男が派遣会社を通して働いているということが珍しいらしく、なかなか理解してもらえなかったが、令和ではそこまで珍しい事ではない事を説明して何とか煙に巻く事ができた。


 どっちにしても一緒に住まわせてもらえなければ詰んでいた所だ。

 助かった・・・・。

 もしかしたら俺が将来の息子の姿だとはまだ納得していないかもしれないが、行き場の無い俺を放置して死なれてもという事で置いてくれてるのかもしれない。


 母ちゃんの店から電車に乗って新橋の古いアパートまで移動して、その2階、奥から2番目の空色のペンキで塗られた扉を開けると、「おかえり~」と甲高い子供の声が奥の部屋から聞こえて来た。

「ああ、ただいま~」

 草臥れた茶色の革靴が行儀よく揃えられる様に、奥に背中を向け、玄関扉を見ながら靴を脱ぐ。母ちゃんが見てたら行儀悪いと言われそうだが、まぁ、しゃがんで靴を並べなくても、結果として靴が外向きに並べてあればそれで良し!なのだ。いわゆる省エネだな。エコだねぇ~。


 玄関前は狭いフローリングの廊下になってるが、そこに小さなキッチンがある。火口が1つしかないので、たいした料理は出来ないが、まぁ、台所があるだけで御の字だ。俺の料理はプレート料理も多いので、台所自体がちっぽけでもそこまで問題ではない。

 プレート料理って何って?一度にたくさんの目玉焼きを焼くとか、餃子とか、餃子とか、餃子とかの他に、たまぁ~に焼肉や焼きそばだな。1人暮らしだったので、料理はある程度は出来るが、一品料理が主だ。独身の男がちまちま、いろんな惣菜を作るのはいなくはないだろうが、珍しいと思うぞ。


 細く短い廊下を挟んでキッチンの向かいには水回りが集まっている。向かって左側に膝を抱えた人が一人入ればキツキツの風呂が、右側には水洗トイレがあり、そしてその間のスペースに洗濯機が置かれている。


 キッチンの前を素通りして、奥の部屋に入ると、8畳の畳敷の部屋があり、子和弘はそこに居た。このアパートにある唯一の部屋だ。

「一人で良い子にしてたか?」

「おっちゃん!良い子って、俺、もう小学生だぜ。子供扱いするなよ」

 子和弘が鼻息荒く主張してくるが、小学生低学年はまんま子供だろうが・・・と思いつつも面倒くさいので、「はいはい」と生返事で対応する。

「返事は1回!」

「はいはい」


 俺たち二人の会話なんていつもこんなもんだ。

 最初は胡散臭い俺に警戒心も露わだったが、俺が家事全般を担当し始めると子和弘もだが、母ちゃんの態度もグンと柔らかくなった。


 先週の事だが、学校から帰るなり、子和弘が「ねぇ、今晩のおかずは何?」と俺に纏わり着いてきた。

「そうだなぁ・・・きんぴらと卵焼きかなぁ」俺としては料理技術を使う、比較的真面な惣菜だと思っているので、胸を張っていたら、「えええ!そのメニューこの前もやったじゃん」なんて子和弘も遠慮がない。

「いいの!俺が作れる料理なんてそんなに種類はないから。作るだけでもありがたいと思ってくれ」

「くそぉ。居候のくせにぃ」なんて、喧嘩してんだか、じゃれてんだか分かんない感じに懐いてくれているが、母ちゃんにしてみたら夜働いている間に、絶対に自分の子供に悪さをしない大人が傍にいてくれるだけで御の字らしく、「和ちゃん。わがまま言わないの。かっちゃんがいてくれてるから母ちゃん安心して働けるんだよ」とよく俺の擁護をしてくれる。子和弘の事は和ちゃん、俺の事はかっちゃんと呼び分けているらしい。

 当然と言えば当然だが、俺も子和弘も全く同じ名前だものな。


「ちぇぇ~。ハンバーグとか、ハンバーグとか、ハンバーグとか作れないのぉ?」なんてまだ憎まれ口をきく子和弘のやわらかいほっぺを軽く捻って、「それは今度な」といなして頭をワシャワシャと撫でる。

 子和弘は俺が頭をぐしゃぐしゃにすると、少し嬉しそうに口の端を上に上げるが、「男前が台無しになるーー!」なんて言いながら照れて俺から逃げるのがいつものお約束だ。

 まぁ、子和弘は俺だから絶対に男前ではないが、それは言わぬが花だな。


 そしてこんなやり取りがあったから、一昨日ハンバーグを夕食に出した。

「やったー!ハンバーグぅぅぅ。やったね、おっちゃん、明日はホームランだ」

 子和弘が狭いアパートの台所で跳ねまわってる。子和弘の口から出た数年前のCMをもじったダジャレが、なんか時代を感じさせる。


 ハンバーグって言ったって、某食品会社が作った1枚づつ袋詰めされた半分焼かれたハンバーグをフライパンで軽く焼いた物だ。

 子和弘が食べたい本当のハンバーグは、母親がひき肉から作る愛情いっぱいのハンバーグなんだろうが、俺に作れるのは半製品をフライパンで焼くだけだ。

 それが分かっているからか、半インスタントのハンバーグでも子和弘は文句を言わなかった。


 それよりも、自分のリクエストに何とか俺が応えようとした事が嬉しいらしい。

 ヤツは俺なんだが、そういう子供らしい所を見ると何かめっちゃ可愛い。子供なりに大人から愛情や安心を与えて貰えてる事にちゃんと感謝できるんだな。うんうん。めっちゃ可愛い。

 俺の居場所がこの古いアパートの中で、徐々に確立できて来たんじゃないだろうか。


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