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「すいません。千鶴子さんの身内なんですが、忘れ物を届けに来ました」

「ちっ。もうすぐ開店なんで、さっさと渡して下さいね」

 店の入り口の黒服に母ちゃんの忘れ物を届けに来たと告げたら、思いっきり嫌な顔をされた。

 お前、さっき「ちっ」って言っただろう。「ちっ」って。

 まぁ、黒服から見たら俺は母ちゃんの男だと思うだろうし、客が来る直前に店の女の子の紐が店の中をうろちょろしてたら、これは立派な営業妨害ではあるわな。それは分かるんだけど、もうちょっと愛想よくしてもいいと思うぞ。


 そんな事を想いながら控え室に連れて行ってもらったら、まだ少し女の子たちが残っていて、俺が母ちゃんに近づくと一斉にこっちを見た。

「失礼します。千鶴子さん、これ、さっき連絡もらった忘れ物・・・」

「ああ、ありがとうね」と言いつつ、母ちゃんは俺が渡した紙袋の中をちょっとだけ覗いて、中に入ってる物を確認した。

 持って来た物は母ちゃんから言われてた物で間違いない様だ。

 女の子たちの目線が痛いので、俺は「はい。それじゃぁ」と軽く頭をさっさと下げて、一目散に店から出ようとした所、背後の控室から女の子たちの騒がしいやり取りが耳に入って来た。


「あの男よ~。この前、店の入り口まで千鶴ちゃんの荷物運んでたの」

「またぁ、里見ちゃんはぁ。だから、親戚なのよ。忘れ物届けてくれただけ」

「なになに?何をもって来てくれたの?」

「お客さんへの誕生日プレゼント。ダンヒルの石鹸よぉ。誕生日だから来てって営業掛けたのに、持ってくるの忘れちゃったのよぉ。後、これ結構重いから持って来てもらえてよかったよぉ。石鹸は重いんだけど、プレゼントは消えものが一番だからね」

「えええーーー!何かつまんない!彼氏じゃないのぉ?」とブツクサ言ってるのが聞こえるが、ここは出来るだけ早く退散するに限る。


 店の出口の所でさっきの黒服がいたが、またぎょろっと睨んで来る。

 へいへい、最短で出てきましたが、それでも邪魔は邪魔ってことですね。

 すぐ退散しますよ~、なんて思いながら、ちゃんと頭だけは下げて店を出た。



 『フィラデルフィア』を出て母ちゃんと子供の頃の俺と今の俺、3人が住むアパートへ戻りながら思う事は、この世界に来たばっかりの時の事。

 この世界に飛ばされたのは新橋の道端だったこともあり、当時俺が母ちゃんと住んでいた新橋のアパートを訪ねた。

 母ちゃんが店に出ている時間を狙って行ったので、アパートにはがきんちょの俺しかいなかった。


 母ちゃんの薫陶が行き届いていたので、がきんちょの俺はなかなか玄関のドアを開けてくれなかったが、本人しか知らない恥ずかしい過去を玄関前で大きな声で披露しつづけたら、渋々ドアを開けてくれた。


「和弘、お前、7歳の時、母ちゃんの財布から千円抜いて、隣のクラスの知ちゃんに駄菓子屋で売ってるブローチをやっただろう。そんで、プレゼントだけ持って行かれて、その後挨拶しても一回も返事してもらったことねぇよな」と俺しか知らない所業をアパートの戸越しに披露してみた。ちなみに俺の名前は横田 和弘。だから当然がきんちょの俺も同じ名前だ。

「なっ!」

「8歳の時、学校の帰りにトイレに行きたくなって、玄関の戸が開いていた知らない家のトイレに駆け込んで大の方をしたことあっただろう」

 こうして考えてみると、俺って結構な黒歴史を持ってたよな。

 知ちゃんって、気が強いだけで、今ならどこが良いのか分からない可愛くもない女子だった。ただ声が大きくてハキハキ物を言う娘で、多分当時の俺は、そんなクラスの雰囲気を左右している彼女の手腕に憧れを持って見てたんだろうなぁ。

 後、トイレの件は未だにくっきり思い出せる俺の黒歴史だ。

 用を足して、トイレから出て来た俺と、俺が入り込んだ事を知らなかった家人とが鉢合わせ、相手がびっくりして固まってる間に、「ごめんなさーい」と捨て台詞の様に謝罪の言葉を投げつけ、一目散に逃げた。

 今なら、中年男性の殆どがちょこっとだけならお漏らしした事があるだろうって開き直る事もできるが、まだ小学生の俺にはとてつもない黒歴史として目に映ってるはずだ。


「おい、和弘、戸を開けろよ。説明してやるからよ」

「知らない人に戸は開けちゃいけないって母ちゃんに言われてるんだよ」

「俺は大人になったお前だよ。お前の恥ずかしい歴史を全部知ってるぞ。お前がもっと大きくなった時のまでな」

「何おかしい事言ってるんだよ」

 確かにオカシイ事を言っているのは自覚しているから、俺の口からは「ふっ」という乾いた笑いが出た。

「確かにオカシイよな。同じ人間が大人と子供のまま同じ場所にいるんだからな」

 子供の俺からは何の反応も返って来ない。


「ここに立って、お前しか知らない恥ずかしい歴史について大きな声で話しててもいんだけどな、それよりさっさと戸を開けたらどうだ?開けないと5歳の時の事もここで大声で言うぞ。何歳までおねしょしてたとかもな」

 ここまで脅してもガキの俺の方はまだ無言で悩んでいるらしい。

「おい、さっきの知ちゃんのこととか、トイレの事はお前しか知らないはずだろう?それを知ってる俺が誰なのかお前は想像つくんじゃないのか?早く戸を開けろよ。5歳の時、母ちゃんの彼氏に・・」

 ガキの俺が慌てて無言のまま戸を開けた。

「ありがとうよ」

 そう言って玄関へ入った。


 こいつくらいの時に古くなって折れた鉄棒で切った右手に残る傷跡をがきんちょの俺に見せてみる。ああ、一々がきんちょの俺って言うのも面倒くさいから子和弘でいいかぁ。

 子和弘は、俺の顔や手の傷痕を見て、俺の説明を聞き、半信半疑ながらも俺が子和弘と同一人物であることを受け入れてくれていた。

「俺ってこんな冴えないおじさんになるのか・・・」なんて生意気言って来る。

 冴えないオヤジで悪かったなっ!


 一応は受け入れてはくれたが、未だにまだ不信を抱いている様だ。だけど、いろいろ突き付けた事実の積み重ねで、俺の仮説を受け入れないと筋が通らないからと渋々信じる事にしたのだろう。子和弘も俺と同じで頭が良くないから、こうやって口先でちょろまかせて助かった!


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