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山田会長と話した夜、俺は母ちゃんにその事を報告した。
「俺たちも後1年くらい不動産の売買をしたら、いくら高値で取引されようと、手を引くつもりだ」
「でも、かっちゃんの予定だと後2年は大丈夫なんじゃないの?」
「少しでも下り坂になると、ついさっきまでの値段よりは下がり、それが積もり積もって損失になるし、もう結構な金額を儲けさせてもらったから、後一年で手を引く方がいい。今この高値で取引されている不動産を買わずに、一旦バブルがはじけてから安くなった不動産を購入してレンタルドレスビルをもっと増やす心算なんだ」
「え?バブルがはじけてから不動産を増やすの?」
「母ちゃん、考えてもみろよ。バブル景気でホステスたちも今は懐が暖かいし、客も金払いが良いというか金遣いが荒い。でも、バブルがはじけたらホステスの収入は激減する。だって客の懐が寒くなるんだからな。夜遊ぶ人の数もぐんと減る。今の好景気でブランド服を着る事がほぼ習慣づいている娘たちは、それが出来なくなる。そうなると店で着る服とかもレンタルで安くすませたくなると思う。同じレンタルするのでも、今までの様に良い服をと思うのが人情だろう?」
「なるほど!」
「そういう時が俺たちの様な事業にとっては好機なんだよ。銀座や新宿だけじゃなく、あっちこっちに手を広げて日本有数のチェーン店になれるかもしれない。だから、バブルが弾けてから買うビルは、投機じゃなくて、事業展開用なんだよ」
「そうかぁ・・・。相変わらずかっちゃんは色々考えてくれてるのね」と母ちゃんは素直に関心してくれた。
「母ちゃん、いつ夜の店を辞める?」と言う俺の問に「今年中には辞める心算」と打てば響く様に返って来た。
「そうか。坊主が喜ぶな」
「うん」
そういってそれぞれの部屋に戻ってその夜は寝た。
=====???=====
「ここはどこだ?」
目が覚めるなり、いつもと違う天井を見て独り言ちした。
かなり豪華な部屋だ。
しかし、この感覚は二度目だ。何かから切り離された様なフワフワとした感じだ。
つまり、俺が昭和の新橋に飛ばされた時と同じ様な感じだ。
ただ今回はいろんな記憶、実際には俺が経験していない記憶が怒涛の様に頭の中に流れ込んで来た。
頭が割れる様だ。
痛い!
頭痛をやり過ごし、痛みでのたうち回ってシワシワになったシーツの中でしばらく横たわったままでいると、俺はついさっき得た記憶をたどりはじめた。
あの夜、俺は平成の世界から忽然といなくなった。
朝起きて、俺がいない事に気づいた母ちゃんは半狂乱になって俺を探したが、見つける事はできなかった。
探偵を雇ったり、山田会長の力も借りて捜索してくれたみたいだった。
子和弘も泣きながら俺を探しまわった。それこそ、何か月か経っても俺に似た男を見かけると駆け寄って確認するくらい、俺の事を懐かしんでくれた。
出会った時に母ちゃんたちには俺が未来から来たと話していたので、着替えや所持金を何も持ち出さず消えて、1か月過ぎても見つけられなかった時、もしからしたら元の世界に帰ったのかもしれないという結論に至った様だ。まぁ、それが正解だったんだがな。ただ、元の世界というよりは、元の世界と似て非なる世界、子和弘の世界線の未来に飛んだと言った方が正しいのではないだろうか。何故なら、昭和に行った俺の事を子供目線の記憶として持ってる俺はちゃんと子和弘と繋がっていると言う事だろう。
結局母ちゃんは夜の店を辞めて、俺の代わりにレンタルドレスの事業を引き継いだ。
引き継いだといっても許可も会社の名義も元々母ちゃんなんだけどな。まぁ、いわゆる実務を引き継いだってことだ。
母ちゃんは、俺が話したバブルの話を信じてくれて、不動産の売買は1990年の頭には中止してくれたみたいだ。
山田会長も俺の言った戯言をあれでもと思い、1990年あたりから購入を少し控えめにした様で、損失は少なかったらしい。
バブルが弾けて、母ちゃんは銀座にもう一つと麻布、六本木、池袋、浅草にもビルを購入した。
そして睡蓮印のレンタルドレスビルをチェーン店として確立した。
ホステスやキャバ嬢のコンサルや、ネイルアートは後追いがいっぱい乱立した様だが、最初っから睡蓮のマークを前面押しにしていた効果か、家のチェーン店が老舗の扱いになっている。
何より、顧客毎につけていたカルテが膨大な情報をスタッフに与え、コンサル業も順調に成果を出しており、他社との差別化が進んだ様だ。
そして今の俺は、子和弘が母ちゃんから引き継いで広げてくれた水商売用のレンタルドレスのチェーン店と、その他にも都内に5軒ほど建てられた中規模のショッピングセンターの持ち主となっていた。
つまり、令和で派遣社員をしていた俺は存在しなかった事になっている。
レンタルドレス事業は金銭的にも安定していたし、バブル期に荒稼ぎした金は手付かずで貯金していたしで、その後の事業の資金繰りも大きな問題はなかった様だった。
母ちゃんに株には手を出すなと口を酸っぱくして言っていたかいがあって、リーマンショックの時も株を持っていなかったので、被害はあまりなかった様だ。
何はともあれ、俺があっちへ行った事で、母ちゃんと子和弘に安定した生活を提供できたことが嬉しかった。
そして何よりも嬉しかったのは母ちゃんがちゃんと信頼でき、愛情を持てる伴侶を得た事だった。
山田会長は俺がいなくなって孤軍奮闘している母ちゃんを心配し、お見合いをセッティングしてくれた様で、俺が引き継いだ都内のショッピングセンターはその見合い相手の資産だった。相手は再婚だったが、子供がいなかったので、二人の財産は俺が引き継いだのだ。
俺自身は経験してない記憶が残っているだけなのだが、女手一つで頑張って来た母ちゃんがこの結婚で幸せだったと知る事ができて単純に嬉しい。
ただ、母ちゃんは前の世界と同じ頃に鬼籍に入っていた。それでも、明るく笑う母ちゃんと、その横に優しそうな中年の男性が立ち、その男の手は子和弘の頭を撫でている記憶が頭にある。
その幸せそうな母ちゃんの笑顔を俺は心のアルバムにしっかりと仕舞い込んだ。
そして子和弘がちゃんと俺に対しても愛情を持っていてくれた記憶があり、そのこそばゆい感じがとても嬉しい。お前は俺で、俺はお前だが、これ程慕ってもらえれば、やっぱりとても可愛い。
さて、あれだけ心配して俺を探してくれたんだ。明日にでも母ちゃんと旦那さんのお墓参りをして、俺について報告でもして来るかぁ。
頭痛の影響が薄れて、漸く体が動かせる様になった俺は、皺くちゃになった濃紺サテンのシーツの波から出るべく、手触りの良い革が貼ってあるヘッドボードに片手をついて勢いよく起き上がった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
楽しんで頂けたのなら本望です。
また、別の作品でお会い出来ることを楽しみにしております。
その時はどうぞよろしくお願い申し上げます。
そして、業界の色んな事を教えてくれたAさん!!心からの感謝を!
また、誤字脱字をご報告下さったり、感想を書いて下さった皆様に心からの感謝を
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9月1日から新しい小説をアップします。
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