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 バブルの初期段階なので、徐々に経済が活性化して来た。

 最近では、山田会長のお陰もあり、持ちビルも3軒になり、事業も安定して来ている。

 母ちゃん名義で銀行で金を借りるのも難しくはなくなってきた。


「母ちゃん、前にちょっと話したと思うけど、ビルとか土地の値段が急激に跳ね上がるバブル景気が始まりそうなんだ」仕事帰りの母ちゃんを捕まえて居間で話を切り出した。

 今の住まいは3人それぞれの個室とは別に居間やキッチン、客室や大きなテラスのある贅沢なアパートになっている。

 前に引っ越した月島のアパートは碧さんたちが借りたいと言っていたので、宮地名義で借りる事ができた。

 宮地は家の社員だからな、賃貸契約を結ぶのに瑕疵はない。


「かっちゃんが前に言ってたバブルね」

「そう。で、母ちゃんには申し訳ないけど、戸籍のない俺では銀行で借りられないので、母ちゃんの名義で金を借りてビルを2軒買おうと思う」

「2軒も?」

「そう。これは手始めで、値段が跳ねあがったらこの2軒も売り払って、更に別のビルを買い、それもまた売り払う。こうやって利益を上げるんだ」

「本当に儲かるの?」

「ああ、驚くぐらい儲かるよ。だけど、ある日突然、値段が暴落するから、売ったり新しいのを買うタイミングには気を付けないと簡単に破産する。それと・・・株価も大幅に上がるんだが、素人が手を出すのはリスキーだから、俺たちは不動産の転売だけでいこうと思う」


「わかった。かっちゃんのお陰でレンタルドレスの事業がここまで大きくなったんだから、ビルの売買もかっちゃんに任せる」

「ありがとう。これで上手くいけば、母ちゃんも昼間の仕事だけにして、後は坊主と一緒の時間をたんまり取れる様になると思う」

「かっちゃん。本当にありがとう」

「後な、前から言いたかったんだけど、俺や坊主の幸せばっかり考えず、母ちゃん自身の幸せも考えてくれ」

「え?」


「母ちゃんもまだ若いし、綺麗だから、結婚を視野に入れられる良い奴がいたら躊躇せずに飛び込め」

「ええ?」

「俺は、これからも一緒に母ちゃんたちと事業はするし、もし母ちゃんが結婚するなら新宿の睡蓮ビルの最上階を俺の家にして、こっちを母ちゃんの新しい家族の家にすることもできる。自分とちび助の幸せを第一に考えてくれ。だから若くて綺麗な内に伴侶を得る事も視野に入れてくれると俺としても嬉しい」

 母ちゃんは俺の望みには声を出しては答えてくれなかったが、自分の結婚について考え始めた様だった。


 そして俺はバブル前提で不動産の売買を始めた。そうこうしている内に、年号が平成に変わった。

 

== 山田会長の事務室 ==

「会長、いつもお世話になっております」

「そっちの事業も順調な様だな。まぁ、座れ」

「はい」

 定期的と言う程ではないにしても、俺は時々山田会長に出資してもらった事業についての報告をしている。

 今日はその報告の日なのだ。


 いつもの革張りのソファーに向かい合わせに座りながら、秘書が出してくれたコーヒーを啜る。

「じゃあ、報告を聞こうか」

「はい。銀座に続き、新宿や渋谷の睡蓮ビルのコンサル事業も軌道に乗って来ました。その節は、追加の資金をお貸し下さり、ありがとうございました」

「いやいや、その分、利益の一部を貰ってるので、こっちにとっても良い話だよ」

「後、前々回でもご報告した通り、レンタルドレスとは関係なく、純粋に投機として不動産の売買をしています」

「家の会社でもかなりの不動産を売買したぞ」

「そうですか。実は、これはバブル景気だと僕は見ています」

「バブル?」

「そうです。プラザ合意のせいで金利が下がって金を借りやすくなっているので、猫も杓子も土地や株を買う現象があっちこっちで見られています。でも、しばらくその状態が続いた後で、この好景気は急に終ってしまうと思います」

 プラザ合意が何なのか詳しい事を知っているわけではないのだが、それがキッカケだったと以前記事を読んだ事があったので、それらしく聞こえる様、自信ありげにうろ覚えの説明を繰り広げてみた。

「お前、経済に本当に明るいんだな」

「いえ、そこまで明るくはないんですけど、今回の好景気については少し情報が入って来たので、自分なりに分析の真似事をしています」

「で?」

「この好景気は後2年くらいで終わるんじゃないかと思います」

「それは何を根拠にそう判断した?」と問い詰める山田会長の目は鋭い。


「僕は経済の専門家ではないので、予想が外れる事も高確率であると思います。でも、この不動産の価格上昇は実体経済の成長とは関係ないので、いずれ金融政策の引き締めを行う可能性があります」と、俺は平成で読んだ雑誌やネット動画で見た知識を総動員して、何とかそれらしい説明をしてみた。間違っているとしても、まだ起こっていない出来事なので、そこは予想が外れたとでも胡麻化そう。

「それは政府が音頭を取るということか?」

「それは分かりませんが、おそらくそうなると思います。実態が無いのに異様に土地や株だけが値上がれば、ある時点で必然的に引き締める動きが出てくるじゃないかと思うんです。後は、どのタイミングでそれが実施されるかの問題だと思います」

「なるほどな。で、それが後2年くらいで起こるとお前は思っているってことだな」

「はい。ただ、それは根拠のない素人の考えなので大きく外れるかもしれません。予測が当たっても当たらなくても僕には責任を取る事ができませんが、僕自身は後2年と思っています。山田会長や御社の景気収束の予測をお教え頂きたく今日は罷り越しました。なのでまずは自分の与太話から話させて頂きました」

「与太話な」と山田会長は顎に薄っすらと生えている髭を掌でジョリジョリ言わせながらこすっている。

 年は取っているのだが、朝ちゃんと髭を剃っても夕方にはうっすら髭が生えてくるのだそうだ。


 山田会長は顔に不敵な笑みを浮かべて俺をしっかりと見つめた後、徐に意見交換を始めた。というよりも、山田会長のバブル景気についての意見を聞かせてもらったと言った方が正しい。だって俺のバブルの知識なんて雑誌に書いてあった事や、ネット動画で得た知識くらいしかないのだ。それも薄っすらとしか覚えていない。会長と対等に話せるわけがない。


 山田会長とバブルについて話すのは、俺の無知を曝け出す事と同義だが、それでも俺たちに手を差し伸べてくれた会長にバブルで損をして欲しくなかったのだ。だって、俺が提供できる情報は何時バブルが弾けるかということしかないのだから。

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