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「かっちゃん。これはお客さんには配布しない方がいいよ。」
「え?なんで?」
「だって、配布しちゃうと、どんどん友達とかに安い金額で横流しされそうだよ」
「あっ!そうか。そんな危険があったのかぁ」
母ちゃんが俺の作ったマニュアルの叩き台を見ながら言った。
「講師には配布しても良いと思うけど、お客には見せても持ち帰る事ができない形でないと、売られるよ」
「しかし・・・・折角自分が大枚叩いて得たノウハウをライバルでもある友達に渡すかぁ?」
「えっとね、家のコンサル料って決して安くはないよね?だから、支払った高いコンサル料を少しでも回収したい人には、このマニュアルは格好の道具になるってことよ。それでライバルが色んな知識を得たとしても、自分がマニュアルを売る対象が一人ならライバルになる娘も一人だけだから大丈夫だと思い込む場合だってあるし、コンサルが上手く行けば、同じ様な事業を立ち上げたい人も出てくるから、その人たちに高値で売るっていう可能性すらあるのよ」
「ああ、そうか。レンタルドレスの時は、誰かが真似するだろうと最初から思っていたけど、コンサルだって同じ事なんだよなぁ。コンサルの方が真似しずらいけど、テキストがあれば真似るのは簡単かぁ・・・そうなると配布しないでマニュアルを見てもらう方法を考えないとなぁ」
「そうねぇ」
他の講師たちにマニュアルの叩き台を見せる前に、俺は客へのテキストの見せ方を考えなくてはいけなくなった・・・・。
でも、これは令和に居た俺からすれば大きな問題ではない。
何故なら、令和の世界では、新しい職場で研修を受ける時、テキスト等は社外へ持ち出し禁止にされ、研修の教室を出る前に回収されるのと、プロジェクターを使えば、見栄えも良い代わりに投影された図式や文字は誰も持ち替える事ができないからだ。
それについて母ちゃんに相談すると「紙のテキストを回収するのは、お客様側が不満に思うかもしれないから、もし、かっちゃんの言う様に、壁に映写できるならそっちの方がいいかもね」という意見をくれた。
オーバーヘッドプロジェクターならこの時代にもあるし、スライドプロジェクターよりは楽に原稿を作れると思うので、まずはオーバーヘッドプロジェクターを手に入れてみるかぁ。
「で、かっちゃん。コンサル料ってどれくらいを考えてるの?」
「ん?十万くらいかな?」
「えええ?そんなに取るの?」
「だって、払う方は1人かもしれないけど、対応する家の人員は最低でも6人だよ。それに、あんまり安いとありがたみもないだろう?期間だって1日じゃないしね」
「う~~ん。でも、そんなに高くてお客さん来るかな?」
「簡単に得る事ができない情報程、高いんだよ」
「売上が上がると、それに対しても成功報酬を取るって言ってたけど、どうやってお客さんの売り上げが上がったと確認するの?」
「そりゃ、その女の子の給料明細を見せてもらうんだよ」
「なるほどね。前月と比べて多くなっているかどうかね?」
「うん。女の子に見せてもらうのもいいし、その娘が勤めているクラブに聞くっていう方法もあるよ」
「本当にかっちゃんはすごいねぇ。なんでポンポンそんな事を思いつくの?」
「いやぁ、俺は未来から来てるからねぇ。色んな事が今よりシステム化されている時代だから、そこから使えそうな手を選び出してるだけだよ」
「システム化?」
「うん。系統立って、何をどうすればどういう結果がくるかの予想が、ある程度確立されていたんだ。だから、例えばマニュアルの作り方なんかも、参加者全員の認識を統一する事の必要性とか、文字は少なめにして絵を多用し、活字の苦手な人にも内容がスルっと入る様な手法とか、大事な事だけ赤字や太字にするとか、グラフなんかのデータで相手を納得させるとか、いろんな手法が確立されてたんだ」
「何か聞いてるだけで、すごいねって思うよ」
「まぁ、こういうのは俺の手柄ではないってことだけは確かだ」
「それでも、この事業はかっちゃん居ずして成り立たなかったよ。本当にありがとう」と母ちゃんが真面目な顔で頭を下げてくれた。
「俺が小さな時、一度も母ちゃんに感謝の気持ちを伝えた事がなかったよね。あの頃の俺って、育ててくれてありがとうって改まって言うのが照れくささかったんだ。だから母ちゃんにこうやってお礼を言われちゃうと、先にお礼を言わなくちゃいけない俺が未だに言ってないので、何か居心地悪いよ。だから、母ちゃんもお礼なんて言わなくて良いよ」
照れる俺を見て、クスクス笑う母ちゃん。一瞬、自分が子供に戻った様な気がした。