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「かっちゃん。私、今度お店の方はお休みして、昔お世話になってた店のママに会って来る」
そう3日前に母ちゃんが言っていたのだが、今日の夕方、そのママさんと会って来るなり、「かっちゃん。明日必ずママと会って!」と至上命令が下された。
睡蓮印のレンタルドレスビルは順調で、銀座第1号ビルを開店してから3ヶ月で、新宿ビルも開店した。
銀座のホステスたちが出勤支度をクラブ近くのビルに行くだけで済ませており、尚且つ髪や化粧だけでなく、爪まで磨き上げられた状態になると聞いては、「こっちも!!」という声が多数上がった事もあり、山田会長に追加で出資してもらい、開業にこぎつけたのだ。
ここのところ、新宿睡蓮ビルの事業も落ち着きを見せてきており、俺たちは銀座ビルに作りたいコンサルコーナーの講師となる人物を探していた。6人と面接をしたが、これはという人物には出会えなかった。
本当は1人程、是非お願いしたい人はいたのだけれど、報酬の面や労働条件で折り合いがつかず、未だコンサルが出来る人を確保できていないのだ。
そこで、昔お世話になったクラブのママさんが引退するという噂を聞きつけて、是非コンサル要員にと母ちゃんが張り切ってそのママさんに会って来たのだという。
「ママのパトロンがやってる会社がね、倒産しちゃってね。お店が苦しくなって来たところに、チイママが女の子をごっそり引き抜いて、自分の店作っちゃったんだよねぇ。酷いと思わない?」という母ちゃんの説明で、経緯は分かったのだが、肝心のそのママさんは精も根も尽きたと言って、銀座から離れたがっているらしい。
「私だとママを説得できないから、かっちゃんが説得して」と言われ、明日、そのママさんと会う約束を取り付けた。
俺でちゃんとそのママさんを説得できるかどうか自信はないが、この機会を活かさない訳にはいかない。
== クラブ『都』==
「はじめまして。横田と申します」
「はじめまして。クラブ『都』でママをしています、あ、していた和江と申します。ごらんの通り、この店はもう閉めてしまったので、こんな有様ですが、まぁ、どうぞ座って下さい」と和江ママが手で示した店内は内装を剥がす為の工事道具が所狭しと並んでいた。恐らく解体作業は昼間、請負業者がやっているのだろう。
雑然とはしているが、黒い皮のスツールがいくつかあったので、向かい合う様に座った。
「千鶴子さんからお聞き及びだと思いますが、俺たちはレンタルドレスの事業をしています」
「ええ、睡蓮ビルですよね?家の娘たちも何人かお世話になってましたから知っていますよ」
「ありがとうございます。それで、家のレンタルショップでは通常のレンタルだけでなく、ネイルアートという新しい事業も展開していて、それなりに成果を得ています」とまずは自分たちのやっている事業がどれくらい成功しているかのアピールから始めさせてもらった。
和江ママは家のネイルアートの成功を知っていたのか、無言で頷いている。
「ネイルアートは俺が広めたもので、今や多くの女の子たちが家の施術を受けていたり、同業他社が発生したりと、一応ブームみたいにはなっています。何故、和江さんにこんな風に自分たちの事業を宣伝するかと言いますと、新しい事を立ち上げ、軌道に乗せるノウハウを俺たちは持っているということ和江ママさんに知ってもらいたいからです」
「それが昨日、千鶴ちゃんが言っていたコンサル業務にも言える事だと主張したいのですね」
「そうなんです。この業界では未だ誰も女の子たちのコンサルタントを事業として確立していないのです。だから今がねらい目なんです」
「で、それがどうして私に関係するの?コンサルタントでしたっけ?そんな事やったこともありません」和江ママは目線を左下の床に持って行き、固定したままこちらの方を見ようともしていない。仕草でこちらのオファーに興味がないのを露骨に押し出してきている。
「和江さん。ママさんとして数多くの女の子を使われて来ましたよね」
和江ママは無言で頷く。
「その中には、もうちょっとこうしたらこの娘は売れるのにとか思う事ってなかったですか?」
「それはもちろんありましたよ」
「でも、ママさんだからと言って、あまり直接キツイ事を言うと、聞く耳持たない娘なんかも多かったはずです」
「そうねぇ」
「それと同じ事を、お金を貰ってやるのです」
「え?」
「相手はお金を払う訳ですから、ちゃんと和江さんの言う事を聞きます」
「でも、こちらの言う事を聞いてもらったからといって、必ず売れっ子になるとは限らないですよ」
「そうなんです!でも必ず売れっ子にならなくてもいいんです」
「どういうことですか?」和江ママの眉間に盛大に皺が寄った。
「売れっ子にするためのコンサルタントですが、お客も千差万別で、ホステスたちが務めているクラブも千差万別です。1+1が必ず2になるなんてこと、神様でもなければ保証できません」
「というと、詐欺をするってこと?」
「いえ、違います。最初っから、必ず売れっ子になる保証はないと明言するのです。その上で、少しでも成績が上がれば、その上がり具合でプラスアルファの料金を支払ってもらうシステムだと強調するのです」
「え?成績が上がらなければお金がもらえないの?」
「いえ、そうではなく、基本料として十万円くらいのお金は貰います。その上で、成績が上がったらその上がり具合に応じてプラスアルファを払ってもらいます」
「成績が上がらなくても十万円もお金を出さなきゃいけなければ、誰もこのサービスを利用しようとは思わないんじゃないの?」
「数は少ないかもしれません。でも、話し方、接客態度、化粧の仕方、顔や雰囲気にあった髪型、似合う服、提供する話題、銀座のホステスに求められている経済についての知識等を教えるわけです。無料のはずはありません。そこまでやっても成績が上がらないとなると、また別の方法を考えるなり、諦めてもらうなりは各お客さんの方で判断してもらう事になります」
「まぁ、聞いているとホステスの専門学校みたいに聞こえますねぇ」
「そこまで本格的ではないので、コンサルタントと言う風に銘打ちます。専門学校と違って短期決戦です。ただ、あまり成果が出ない場合、多少なら期間を延長するなどの対応は考えるつもりです。こちらとしてもお客さんの成績が上がる事で貰えるプラスアルファの収入が欲しいので、必死でサポートはしますし、こちらにそういう動機付けがあると知ってもらえれば、客も安心して家のサポートを受けてくれると思います。」
「面白い事、考えるのねぇ」




