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秋も深まって少し寒さを感じ始めたのもあり、また、今日は融資獲得のお祝いも兼ね、サツマイモご飯を作る事にした。
「おっ!俺、さつまいもご飯好きーーー!」と子和弘が今日の夕食の仕度を見て喜びの声をあげている。
同じ人間なので俺と食の好みもぴったり一緒だ。俺は芋類が好きで、茶粥にはかならずサツマイモを入れて欲しいし、芋ご飯の時は必ず芋の入った豚汁と食べるのがデフォなのだ。
「和ちゃんは本当にお芋が好きねぇ」と幼い頃母に言われていたのを思い出した。
「安上りで助かるわぁ」なんて言ってたのも思い出した。あははは。
「ねぇねぇ、みそ汁は何?豚汁?豚汁?豚汁?」と子和弘が五月蠅い。
「もちろん豚汁だよ」
「やったぜ、〇イビー!」と姦しい。さっきまで新しい学校では宿題が多くて嫌だー!なんて不満をぶちまけていたのに、好きな料理が出るとなったら、こんなに機嫌が良くなるなんて、我ながら現金な奴だ。
俺ってガキの頃、こんなんだっけ?と首を傾げた。
「本当にあんたたちは食べ物の好みもそっくりね~」なんて今夜店で着る服を俺の部屋で物色している母ちゃんの声が追いかけてくる。もちろん母ちゃんは、予約の入っていないレンタルドレスはどれでも無料で着れる。なんてったって経営者だからな。
三人で食卓を囲み、三人家族かの様な団らんを楽しむ。
母ちゃんは資金投資を得る事ができて心底嬉しいらしく、「この物件を出て、自分のビルのペントハウスに住めるぞ」という俺の一言に更に満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行ってくるねー」と言いながら軽い鼻歌を後ろに残しつつ、軽やかな足取りで出勤して行った。
翌朝、山田会長から資金が振り込まれたのを確認し、早速ビルを買い取った。
別の日には、東北の反物屋が倒産したという情報を手に入れて着物の買い付けに行ったり、ブランドのドレスやスーツを新品・中古を問わずに買いあさった。バブル時はみんな金に糸目をつけずにブランド品を着たがるからな。売れない女の子たちだってブランドを着たいだろうしな。
自分で何着もブランドモノを買う事はできなくても、レンタルならいろんな服が着れるしな。それに備えて今の内から徐々に揃えておかないと。
ただ、どれを買うかは、俺や宮地では分からんので、かあちゃんと碧さんの意見を反映させた。
まぁ、実際に着る人の意見は貴重だしな。
同時にビルの内装工事を進めて、宮地に付近のクラブをリストアップさせ、契約を取り付ける様にケツを叩いて外回りに出す。営業は宮地と俺、二人の仕事だ。宮地は配達人から営業に格上げになったので、給料も少し良くなった。発注していた睡蓮マーク入りの名刺が届くと、宮地は「とうとう俺も名刺持ちになったっす」と複雑な顔をしていた。全くブレない奴だ。
俺の方はそれと並行して、絵を描く事が好きだが仕事に就いてない若い女の子を狙って求人を出した。そして、美容室を探してテナント契約したり、裁縫を担当してくれている高山さんの作業場をビルの中に用意したりと、俺は俺でとても忙しく働いていた。
絵を描くのが好きな人材は、この時代にはまだないネイルアートをさせるためなので、ビルの内装が終らない内から爪楊枝やラインストーン、フェイクの金粉なんかを使って爪に色付けしたり模様を描いたりする技術を学ばせている。何と!講師は俺だ。だって、この世界でちゃんとしたネイルアートを実際に見た事があるのは俺だけだからな。
「料金形態として、1色増える毎に課金するシステムにします。もちろんマニキュア以外に使用する材料も追加で徴収する感じです。折角課金しても出来たマニキュアが可愛くなかったり綺麗じゃなかったら二度とネイルアートをしようとは思わないというのはあなたたちにも容易に分かると思います」と、雇い入れた子たちに研修をする。
「こうやって爪楊枝のこちら側を使って水玉模様にしたり、砕いたビーズや金粉もどき、時にはラインストーンなんかも使って爪の先にだけこういったデザインなんかを作る事もできます」等と、画用紙に大きく描いてあるデザイン画などを見せながら、女の子たちの顔を一人一人見ていく。
「ドレスの色や化粧の色に合わせたネイルアートを客に薦めて、客の満足を得られる様に努力して下さい。では、隣に座ってる人と交代でお互いの爪にネールアートを施してみてください。5本全部同じデザインでも良いし、1本だけ変えてみたり、5本全部微妙に変えてみたりと始める前にコンセプトを決めてからやって下さいね」
新人スタッフのみんなは、今までに無いネイルアートに夢中の様だった。これなら、この事業も上手く行くと安心した。中には龍の模様を描きだして、龍の顔があるのは親指だけ、残りの指は緑色の縄の様なものが走っているだけなんて微妙なデザインをする者もいた。ネールアート自体、今までにないモノだから、始める前から縛りを作らず自由な発想で描いて下さいと発奮させたのが仇になった様だ。
令和では多用されるジェル状のマニキュアはまだこの世に出現していなかったので、紫や青い光を出して硬化させる装置などもない。昔ながらの小さな刷毛のついているマニキュアを使ってのネイルアートになるが、早く乾かして重ね塗りする為に、俺が持ち出したのは水だ。
昔の彼女が、マニキュアを乾かす為に、洗面所に溜めた水の中に手を突っ込んで乾かしていたのを思い出したのだ。だから、俺の店では大人の手がすっぽり入るグラデーションに色付けされた金縁のガラス製洗顔ボールを多数用意した。
本当はプラスチック製の方が軽くて丈夫なのだが、客が直接触るものなので、高級感を出す為にガラス製にしたのだ。このボウルがカウンターから落ちない様に、施術カウンターの方に工夫が必要なので家具屋に相談しなきゃなと、俺は手帳に書き込んだ。
ビルの内装は母ちゃんの担当だ。作業員等とのやり取りは俺がやるが、内装のデザインや素材についてはかあちゃんの一家言を重視している。
母ちゃんはまだ夜働いているから、あまり母ちゃんの仕事は増やしたくないのだが、内装は是非自分がやりたいと母ちゃんの方から言って来たので、丸投げしている。内装とか家具とかで女性と争って勝てる男はいない!うん、きっといない。丸投げしたって俺は悪くない・・・。
「宮地、このリストのマークのついてない所はまだ営業してないところだよなぁ」
「そうっす」
「じゃあ、これとこれとこれ、この3軒は近いから今夜俺が営業してくるよ。お前はどこの店に営業かけるの?」
「こっちとこれっす。今日は『メリーゴーランド銀座店』にドレスを持って行かないといけないんで、近くの店はこの2軒だけっす」
「分かった。忙しくて大変だと思うけど、よろしくな」と二人で新規顧客の開拓を割り振った。宮地には車での配達も担当してもらっているので、大忙しの様だ。スマン、宮地!ボーナスは弾むから、たんまり新しい顧客を獲得してくれよ。
もちろん、宮地だけでなく、俺も体がいくつあっても足りないぐらい忙しい。
でも、それも、自分たちのビルだと思えば乗り越えられる。
母ちゃんも結構疲れが溜まっている様だが、これで事業が波に乗れば、念願の夜の仕事は辞めて昼間の仕事だけで食って行ける様になる。っていうか今の段階で既に夜の仕事はやらなくても食っていけるのだが、いつ資金難になるかという不安からと、ホステス間で広がる噂のリサーチの為に未だに夜働いてくれていたのだ。
でも、ビルが開店すればもっと生活が楽になるし、事業の運転資金も確保できる様になるはずだ。
噂話の方は、宮地を通して碧さんから仕入れる事にしよう。
横田家は今が踏ん張りどころなのだ。気張るでぇーー!