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-- 山田会長の事務室 --

「山田会長、はじめまして。横田和弘と申します。今日は貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます」とちゃんとスーツを着て企画書の説明のため、製薬会社の会議室に来ている。

 会長の事務室に併設された会長専用の会議室だそうだ。

「どうぞ、お座り下さい」と会長秘書の高橋氏が深緑色のやわらかい革で出来たソファーを指示した。

「どうも」と軽く頭を下げて座った。


「この企画書は儂が千鶴子に提出する様に言った後に作ったものか?」

「はい。通常の業務をスタッフの一人とアルバイトに頼んで自分はこの企画書づくりに集中して作成致しました」

「そうか・・・・。元々、レンタルドレス事業はお前のアイデアなのか?それとも千鶴子のアイデアか?」

「アイデア自体は俺、僕のものですが、事業を立ち上げる資金や人脈は千鶴子さんのものです」


「何でレンタルドレスをやろうと思ったんだ?きっかけや目的はなんだ?」

「そうですねぇ・・・。まずは千鶴子さんたちが住む所に困らない様に、昼間の仕事を用意したいという思いと、僕自身も仕事をやりたい、探したいという思いが重なったというのがきっかけで、少ない元手で何が出来るのかを考えた結果、レンタルドレスを思いつきました。目的は・・・夜の女たちを相手に商売をするのなら、何はともあれ反社会組織とぶつからない形で事業展開し、且つ彼女たちが仕事をやりやすい状況を提供することでした。目標は、千鶴子さんが夜の商売を辞めて、昼間に働ける環境を整える事でした。商売としては、今までにない業界ならライバルもいないので、スタートダッシュである程度足場を固め、新規が参戦してきても太刀打ちできる様にするスタイルを考えていました」


「千鶴子が住むところに困らないというのは、ホステスだと賃貸物件を借りるのが難しいということか?」

「そうです。実際、千鶴子さんは昔の知り合いの名義でアパートを借りていましたが、いつその知人に賃貸契約を打ち切られるか分からない状態でした。店の寮に入る事もできましたが、千鶴子さんには子供が一人いるので、出来たら避けたいと思っていたみたいです」

「・・・・それで今はどこに住んでいるんだ?」


「お陰様でレンタルドレスの経営者として千鶴子さんも古いアパートを借りられました。そういう意味では事業をする目標の一部は既に達成されたと言えます」

「何でお前の名前で事業をせず、千鶴子の名前で事業をしてるんだ?アパートを借りるにしたって、お前の名前で契約すれば良いだけでは?」山田会長は目の前のお茶をズズーと啜りながらこちらを見た。


「訳あって僕は自分の戸籍がありません。なのでアパートを借りたり、仕事を見つけたりすることが難しいんです。だから千鶴子さんの名義にさせてもらいました」

 戸籍が無いと打ち明けると、山田会長は驚いて体がビクっとした後、しばらく無言で考え込んでいた。

 しばらくして顔を俺の方に向けた時には普通の表情になっており、「ということは千鶴子と一緒に住んでいるってことか?」と確認して来たが、口調は頗る軽い。


「はい。ただ、俺たち…僕たちは男女の関係にはありませんし、これからもそんな関係にはなりません」

「お前が千鶴子のコレだとしても儂としてはどうでも良い事だ」と親指を立ててこちらを見た。「儂は、千鶴子をそういう目では見ていない」


 この時代、銀座で本当の意味で遊ぶ事をわきまえていた男たちは、女の尻を追いかけたりしない。

 抱く事がゴールではないのだ。

 今の多少小金を貯めて、また株で損して消えて行く、金をやるんだからやらせろ的なセコイ男たちではないのだ。

 山田会長は銀座の遊び方をちゃんと身につけている男の一人であった。


「千鶴子さんは、俺にとって同士や家族みたいな関係です。幸い、千鶴子さんの息子が俺に、僕に懐いてくれていて、戸籍のない僕に家庭という感覚を味わわさせてくれているので、二人の力になりたいし、戸籍の無い俺が頼れるのも二人なので、この関係を壊すつもりはありません」

 『僕』と言いたいのだが、気を抜くとすぐに『俺』になってしまうが、山田会長はそんな事は気にされない様だ。


「ところでどうしてこんな企画書を作った?」と俺の作った企画書について、山田会長の怒涛の質問責めが始まった。その質問は多岐に渡り、微に入り細を穿った。


「2つの物件について具体的なデータを載せたのは、僕たちがこの企画を、雲を掴む様な話として認識しているのではなく、ちゃんと実現することを視野に入れて情報収集をしているという主張のつもりでした」

「色を多く使っているのは、見やすくするためで、図やグラフを多用しているのも同じ理由です。さっと見ただけで与えられる印象は、理解を促すのに役に立つ事が多いと思っています」

「ライバル店が出現していますが、それはこの事業に旨味があると第三者も認めた証と言えます」

「睡蓮のロゴを家の事業の象徴としているので、同じマークをビルに付けるつもりで、ビル名も睡蓮ビルにしたいと思っています。一度、銀座の店舗が上手くいけば、最近手を広げている新宿あたりにももう一軒ビルを購入したいと考えていますので、チェーン店化したいと思っています。その際も睡蓮ロゴは顧客への印象付けに役立つと思っております」


 矢継ぎ早の会長の質問に全て答えると、「ふふふ」と会長が笑った。

 山田会長は「こんな所に思いもしなかった人材が転がってたもんだ」と嬉しそうに言った。


 会長のお眼鏡にかなった様で、将来的には新宿での事業も視野に入れてくれるそうだが、まずは銀座の古ビルを1軒購入する資金を融資してもらえる事になった。更には「他の事業も考えているのなら遠慮せず話を持って来い」とまで言って貰えたのが掛け値なしに嬉しかった。


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