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俺は、企画書なる物を必死で作っているところだ。
企画書が出来るまではレンタルのドレスを顧客へ運ぶのは宮地に任せている。
臨時で高山さんも服を運ぶ助っ人としてアルバイトしてもらってる。
お堅い高山さんなら宮地の毒牙には引っかからないだろう。多分・・・・。きっと・・・・。
その間、高山さんの娘は俺たちのアパートで俺が面倒を見ている。子和弘がいるから、子供が二人に増えても問題はない。年上の子和弘が高山さんの娘の面倒を甲斐甲斐しく見てくれるのも助かっている。
きっとアレだな。可愛い妹が欲しかったとかいうやつだな。ふふふふ。
最初、高山さんはこのアルバイトを渋っていたが、時給が良い事と、俺がアパートで娘さんの面倒を見ること、そしてこの仕事が1週間という短い期間だけだということで何とか受けてくれた。
頼むから高山さん、宮地の毒牙にはかからないでくれよ!
報告書には定番の事業の意義や目的、目標も書いたが、俺らしいものにしたくてテンプレートから若干外れた内容も書く事にした。
俺はまず、銀座の中古ビルの情報を4軒の不動産屋から仕入れた。
その中からこれはと思うビルを2つ選び出し、その周辺の情報、例えば近くに何軒のクラブやキャバクラがあるかやその分布、ホステス達が通勤に使っていそうな駅やバス停の位置を書き込んだゼン〇ンの地図のコピーを物件毎に作った。
バブル景気を見込んでブランド服や着物などを仕入れる事も考え、母ちゃんに雑誌等を参考にしてもらいブランドのスーツを15着選んでもらい、その値段を調べた。
新しい集金方法ならブランド服もレンタルし易いので、資金を出してもらえるかもしれないこの機会に、高額な服の代金も上乗せした企画書を作るつもりなのだ。
何のサービスをビルの中で展開するかを一目で分かる様に、ショッピングセンターのフロア図に似せて描き込んだ。それを元に、それぞれのサービスに必要な人手、そして経費を大まかに計算し書き込んだ。
特に、美容室に関しては、テナントにするかどうか、一つのビルで何軒の美容室を入れた方が良いか悩んだが、直接美容師を雇うよりは、テナントにできるならその方が楽だし、母ちゃんの「仲の悪いホステスが一緒の美容室に入らなくて良い様にしてちょうだい」というコメントを元に、2軒の美容室を同じ階に入れない案を思いついた。
ビルの近隣店舗への営業の方法を箇条書きにし、事業のメリット・デメリットも書きだした。
本来ならデメリットは報告書に載せないものかもしれないが、今回俺はデメリットを載せる事に拘った。何故なら、レンタルというのは顧客がちゃんと借りた物を返してくれれば事業として成り立つが、何時飛ぶか分からない人たちが少なからずいるので、大きなデメリットが存在する。そして俺がそれをちゃんと認識している事を分かってもらう方が、会長の信用を得られる近道だと思ったからだ。
図や色を多用した手書きの企画書が何とか出来上がった。
企画書の前半は、事業として何をする心算か。何を目指しているのか、どんな利益が予想されるのか。そして、どんなデメリットがあるか。そのデメリットを軽減する為に、どんな手法を用いようとしているかの説明に集中した。
後半は物件毎の情報と係るであろう費用と、得られると思われる利益について数値で以って解説してある。
-- クラブ 『フィラデルフィア』--
「おう、千鶴子。企画書は持って来たか?」
「いらっしゃいませ。山田様」とまずは挨拶をして、クラッチバックと一緒に持ち歩いていた何の飾りもない角2の茶封筒を会長に手渡した。
キープされているボトルで水割りを作っている千鶴子の横で会長は貪る様に企画書に目を通している。
千鶴子は会長の評価を恐れる気持ちと、同時に期待で待ちきれない心持で会長が読み終わるのを待っている。
そんな千鶴子の視線を物ともせずしっかりと企画書を読んた会長は、「この企画書を作った者はとても良く考えているな」と第一声を発した。
「ありがとうございます」と千鶴子が深々と頭を下げると、「お前が作ったんじゃないな」と会長が鋭い目で彼女を見た。
「はい。会長がおっしゃられた通り、私の周りにいる企画書を作れる者に作ってもらいました」
「そもそもお前のレンタルドレスはこの企画書を作った者の発案だな?」と確信を持って言われた。
「慧眼でいらっしゃいますね。流石、会長です」
「それで、儂が資金を提供したら、此奴が」と言って、企画書を指でトントンを叩きながら「お前の事業を全面的に展開させるんだな」と確認して来た。
「はい。この者にはこの企画書に書かれていない案もいくつかあるそうなので、追々もっと事業を広げるつもりだそうです」
「・・・・そうか」と企画書を茶封筒に入れ、横にいた男性秘書に渡し、最後にぐっと水割りを飲んで「この企画書は預かる。資金は出してやる。その男、男だな?それとも女か?」と言いながら立ち上がった。
「男でございます」
「お前のコレか?」と親指を立てたが、直ぐに首を振って「そんな小さな事はどうでもいい。明日か明後日、此奴に俺の所に来る様に言え。企画書についてもっと説明が欲しい」と会長が言うと、秘書が名刺を千鶴子に渡して、店を出た。
今夜もこのテーブルにヘルプでついていた碧ちゃんが大きく息を吐き、「緊張したね~。いつもの会長と違って、ちょっと怖かったよね」と小声で言って、女の子たちが客待ちをしているコーナーへ移動していった。
山田会長は、14歳年下の妻がおり、ひ孫までいる。
息子は自社の社長に納まり、孫はその後を継ぐため、英才教育を社内で受けている所だ。
自分の父親が事業を傾かせたところからのスタートであったため、決して平たんな人生ではなかったが、一旦会社を立て直した後は比較的順調に経営してきた。
父親や祖父などに銀座に連れて来てもらって、どの様に遊ぶのか、またそれをどの様に取引相手に見せつけ、銀座で遊ぶ事をプラスに持って行くかなどを教わって、それを今まで忠実に実施して来た。
千鶴子への投資など、別に見返りを求めての事ではなく、銀座の女の子たちの前でポーンと女の子の一人に現金を出して、「あの人ってやっぱり遊び方がスマートよね」とか、「夢を語った娘を応援したみたいよ。豪儀ねぇ」等、話題にのぼれば良いなという程度の話だった。
だが、それで終わらせるには千鶴子が提出してきた企画書の出来は突出していた。
どんな奴が企画書を作ったのか見て見たくなったのだ。
「これは明日が楽しみだ・・・」と会長の口からポロリと出て来た一言を聞いて、秘書が頷いた。