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-- クラブ 『フィラデルフィア』--

「会長、千鶴ちゃんって、ホステスだけじゃなくって事業もやってるんですよ」

 銀座のクラブは、ホステスの話をする所ではなく、お客さんの話を聞くところなのだが、千鶴子からの相談を受けていた碧ちゃんが大手製薬会社の山田会長が来た時に、千鶴子のヘルプに入ってこの話を持ち出した。


「碧ちゃん、私の話なんて退屈だから山田会長にそんな話はやめてぇ~」と一応は碧ちゃんを諫める千鶴子だったが、その実、この話題を持ち出したいと思っていた。それ故に、前もって碧ちゃんに相談していたのだ。


「レンタルドレスのことか?」と80歳を超える山田会長が千鶴子の目を見つめた。

「え?会長。私の事業なんてご存知でしたの?」

「うん。お前の所に通い始めたのは、別の店の娘からお前が面白い事業をやってるって聞いたからだ」

「そうだったんですね」と目を大きく開いて驚きを隠せないまま千鶴子が山田会長の目を見た。


 元々山田会長はこのクラブに来た事はなかったが、ある日突然店に来て千鶴子を指名した。


「千鶴ちゃん、何で今までこんな太い客を隠してたの?別の店で副業でもしているの?」とママはちょっとおかんむりになったが、「いえ、本当に今日が初めてで、何故、私を指名して下さったのか分からないんです。でも、ありがたいです」と千鶴子が説明しても、「そんな上客がいたんなら、何故、最初から家に連れてこなかったの?もしかしてパトロンになってもらって店でも出すつもり?」とママの語気は荒かった。


 彼女は、自分が発した言葉にハッとして「もしかして家の女の子たちを引き抜こうっていうんじゃないでしょうね?こんなすごいバックがいるから安心して働ける店だと会長に顔見世に来てもらったとか?」と痛くもない腹を探られた。


 必死で「いえ、私は前から息子のために昼間の仕事を探していたのをママ知っていますよね?」と、そうでない事を説明して事なきを得たが、何故山田会長が初対面の千鶴子を指名したのかは、今の今まで謎だったのだ。


 今回、山田会長が千鶴子を指名した経緯が分かって、漸くママに説明できると千鶴子はちょっとホッとした。

 これまでも幾度か何故自分の名前を知っていたのかと会長に問ってみたが、『ふふふ』と笑って今まで真面に答えてもらえなかったのだ。


「どうした。事業が暗礁に乗り上げたか?」と飲み干された会長のグラスに水割りを作っている千鶴子に左程気にかけていない声音で話しかけて来た。

「いえ、事業は小さいながらもなんとかやってるんですけど、もっと大規模に展開したくて・・・ビルを1軒購入して、新しい形で商売したいなって」

「ビルなんて買って何をするつもりだ?」

「ホステスがそのビルへ行くだけで、全身の仕度が出来る様にするんです。お客様にビルへ来てもらって、家のドレスを着てすぐ同じビル内で髪も整えて出勤できる様にしたらどうかなって。その為に、テナントで美容室を入れればと思ってます。古くなった服を安く売ったり、売れないホステスのコンサルなんてのもやりたいんです」

「ほうほう、そうかそうか。良くそんなにたくさん思いついたな」

「必要は発明の母ですから」

「あははは。そうか。お前たちにとっては必要な事なんだな」


「私たちは毎日美容師に髪をセットして貰わないと店に出れないけど、家から電車とかに乗って店まで来て、服を着替えて、ヘアーセットしてもらうのは、結構時間も掛かるし、あっちこっちへ足を運ばないといけないんです。それが店の近くのビルの中で、服も選べて、そのままヘアーセットしてもらう。それだけじゃなくって、もっと自分を売り出したい子は、見た目についてのアドバイスや売り出す路線についてのアドバイスを有料で聞く事もできるようになるんです。夜の女にとってそこへ行けば全て揃う、そんな場所を提供したいんです」と、千鶴子は大人になった息子のアイデアを、目を輝かせながら山田会長に説明する。


 山田会長は、濃いまつ毛のおじいさんで、ひ孫までいる。

 好々爺といった雰囲気を醸し出しているが、製薬会社の3代目だ。父親である2代目が事業を左前に傾けたところ、早めに父親を引退させ、会社を立て直した凄腕の経営者だった。

 今は息子に社長の席を譲り、同社の会長として名を連ねている。滅多に会社に出ることはないが、それまで培った人脈を使って陰に日向に会社をサポートしている。


 自己資産も余る程持っているらしく、銀座での遊び方もスマートで、夜の住人たちからの評判は頗る良い。日本の社長なんてサラリーマン社長が多い中、山田会長に関しては親族会社から発展した大会社なので、三代に渡り貯め込んだ資産家なのだ。たとえ二代目の時に多少目減りしていたとしてもだ。


「それで資本はあるのか?」と山田会長が千鶴子の語った夢に対して釘を刺す。

「はっきり言って資本なんてないんです。」こういう生臭い話は普通お店ではしないし、そういう話題になってもさっさと別の話題に変えるのだが、山田会長が千鶴子の事業の話を楽しいと感じている事がその話し方や表情から分かる故に、敢えて話題を変えなかった。そして千鶴子の狙いも会長から投資を引き出す事だったので、そのまま事業の話を続けた。


「最終的にはホステスを辞めて、レンタルドレスの総合事業を主にしたいんですけど、その為には大きな資本が必要なんです。ちゃんとした店舗を構えて、女の子と取引するのではなく、お店単位で取引したいんです。そうしたらレンタル料の取りはぐれもないですしね」

「ふむ。実によく考えておるな。感心、感心」と言って、会長は作ってもらったばかりの水割りを口に含む。


「儂が資金を出しても良いぞ」と水割りのお代わりをくれと言うのと同じトーンで会長が資金提供を申し出てくれた。

「え?本当ですか?」千鶴子にしても会長の口からその台詞が出るのを待っていたこともあり、瞬時にそんな言葉が出て来た。

 碧ちゃんたち、ヘルプで入っている女の子たちが「「「会長、すご~い」」」と会長を持ち上げる。


 バブル前のこの時期の銀座には、金持ちが多く集い、綺麗に遊ぶ事を競う風潮があった。

 女の子の体目当てではなく、侍らせる女の格を競いながらも、女に惚れさせるということや、金に糸目をつけずに女の子に好きな物を飲み食いさせ、粋に遊ぶ。そんな男が何人もいた時代だった。

 だから山田会長の申し出はこの時代にはそんな突飛な話ではなかった。

 ましてや80歳を過ぎたおじいちゃんなので、最初から女の体目当てではない事は言わずもがなである。


「うむ。企画書を作れるか?」

「企画書ですか?」

「そうだ。お前自身でなくても、お前の周りで今お前が言った事を企画書として作れる者はいるか?」

 千鶴子は一瞬だけ考えたが、満面の笑顔を浮かべ「できると思います」と答えた。

「分かった、来週の頭、またここに来るから、その企画書を持って来い」と言って、会長は店を後にした。


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