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「こんにちは~」
「はーい」
高山さんの声に応えて子和弘がバタバタと玄関に出る。
「いらっしゃい」
「おじさん、いらっしゃいます?」
「おう!今そっちへ行くよ」と俺の部屋から声だけで答える。
子和弘が俺の事をおっちゃんと呼ぶので、高山さんは子和弘に俺を指す時はおじさんと言う。
恐らくだが、俺が母ちゃんの夫なのか情夫なのか、それともただの社員なのか分からないから、無難におじさんと呼んでいるんだと思う。母ちゃんも俺も苗字は横田だから夫婦と勘違いされやすい土壌なのだが、俺たちの間には所謂男女間の雰囲気は一切ない。それはもう初対面の人でも分かるくらいに。だから、高山さんも俺が母ちゃんや子和弘にとって何なのかが分からないんだと思う。
新しいアパートへの引っ越しも済み、高山さんが仕上げた服を持って来てくれるのも前のアパートに比べ楽になった。
「お直し、終わったんですか?」
「はい」と言いつつ、高山さんが風呂敷を玄関で広げる。
部屋から出てきて玄関でしゃがんでお直しをされてる服を確認していると、その俺の背に乗っかる様にして子和弘が俺の手元を覗き込む。
「今度のはスーツなんだね。最近白っぽい服が多いね」なんていっちょ前な感じで感想を述べる子和弘。
子供には優しい眼差しを向ける高山さんが、「ええ、最近はパステルカラーとか白っぽいのが流行りだからねぇ。すごいね、和弘君。観察眼があるね」と褒めると、子和弘はちょっと照れた様に俺の背中に隠れる。
高山さんは大人に対しては恥ずかしがり屋なのだが、何故か子供には良く話しかけるんだよなぁ。自分にも子供がいるからっていうのもあるかもしれん。
「うん。ありがとう。上出来だ。じゃあ、支払いをするので、良かったら上がって」と中に入る様に促すけど、高山さんは一度もアパートの中に上がって来た事はない。
だから仕上げて来た服の検品も玄関先でしゃがんで角突き合わせてやっているのだ。
「いえ、私はここでお待ちします」といつものフレーズで答えてきた。
俺の部屋から複写式の請求書と領収書を持ち出してちゃちゃっと金額を書き入れる。
お金と一緒に書類を渡すと、「いつもありがとうございます」と深々と頭を下げ、高山さんが暇を告げた。
「ねぇねぇ、今度はどんな写真にするの?」子和弘が俺の部屋の隅に置かれているトルソをうんしょうんしょと白い壁の前に引き摺り気味に移動させながら聞いてくる。
畳がボロボロになっては堪らないので、すぐに俺がトルソを運ぶ。
「白い服だから背景の生地はどんな色にするの?」俺が返事しなくても、ちゃっちゃと撮影準備を進める子和弘を見ていると、こいつ、俺たちの仕事を良く見てるなぁと感心してしまう。
この事業が上手く行けば、こいつがこの事業を引き継ぐ事になるのかもしれん。その為にもちゃんとこの事業を大きくしないとなぁなんて思いつつ、「おう、黒っぽい色のがいいかもな」なんて答えて、子和弘の方を見ると、押し入れの段ボールの中から紺色とこげ茶の布を取り出した。それぞれの布を片手に持ち、どっちがいいかを悩んでいる子和弘を見て、「こげ茶だな」と指示を出すと、直ぐに布を壁に貼るための押ピンを引き出しから取り出してくる。
うん。使える奴だ。
トルソに服を着せた後、子和弘が左袖の中に画用紙で作った筒を入れ、袖口を膨らまし、折り曲げた感じに小さな虫ピンで胴に止めた。
写真に少しでも動きを付けようと、子和弘が出してきたアイデアだ。
トルソだから袖はいつもダラーンと垂らした感じだったのだが、片袖だけ曲げて胴に止めたりすると、それだけで服の印象がガラっと変わった。
子和弘、ナイスだぜ!
まぁ、最近では抱えている商品も80着くらいに膨れてきたので、それだけ写真を撮ってきたのだし、段々とノウハウみたいなモノも蓄積されて来た気もする。
80着というのは相当な数で、だから俺の部屋の押し入れは全てレンタルドレスで埋まっていて、押し入れに入りきれなかったものは部屋に置いてある2台のラックハンガーにびっしりと吊り下げられている。貸し出している服が大量にあるからこれくらいで済んでる感じだ。
服の保管だけでなく、レンタルドレスの写真を撮るのも俺の部屋でやっているのだ。だから厳密に言えば、俺の部屋はレンタルドレスの事務所であり、倉庫で、スタジオである。そこに夜寝るためのスペースが空けてあるって感じだな。
引っ越してから部屋が二つになったので服の置き場に困る事もなくなってきたので、思い切って服の買い取りも増やした。その甲斐あって商売の規模が少し大きくなった。その代わり割を食ったのは俺の部屋って訳だ。
もちろん、宮地が車を運転してくれるので、扱える量が増えたのも大きい。
引っ越しを機に仕事で使うクリーニング店を変えた。月島に住みながら新橋のクリーニング店にお願いするのも移動が面倒だしね。
新橋のクリーニング店は車を出しても良いので、「続けて家の店を」って言われたが、クリーニングの料金が通常料金だったので、あまり食指が動かなかった。
だから、新しいアパートから歩いて行ける近くのクリーニング店を新たに開拓した。新橋のクリーニング店の領収書を全て見せて、定期的に大量の発注となるので安い単価で請け負ってくれる様ネゴをしたのだが、案外すんなりと値下げに応じてくれた。
ここの所、漸く事業が上手く行き始めた様な気がする。
そんな事を考えながら子和弘と服の写真を撮った時、出勤して来た宮地が、「兄さん!ライバル店が出現したっす!!」と駆け込んで来た。